展望台直行のエレベーターに乗り、展望室に向かう。
夕焼けの時間も終わり、小さい子や家族連れなども引き上げたあとは、昼間とは少し変わった落ち着いた雰囲気に変わる。
その場にいる人たちの会話も小声で隣にいるパートナーに伝わるくらいのトーンになっている。
その目の前に広がる景色は、港町の夜景からずっと続く光のイルミネーションだ。
「きれいだねぇ……」
横浜港から左右に広がる東京湾、右手の奥の方には茜音が通う櫻峰高校もある横須賀も見通せる。海の反対側に回ると、意外に丘陵地帯が多い横浜市の住宅街が続く。明るく晴れていれば箱根はもちろん富士山まで見通せる。
そんな夜景を見ながら展望台を一回りすると、港の景色が見下ろせるところにベンチが空いていた。
「ここでいいかな」
「うん」
「ちょっと、なにか温かいもの買ってくるよ。待っててくれる?」
「わかった。先に帰っちゃヤダよ?」
小さい子供のように心配する茜音に、健は笑って頷いた。
「健ちゃん、本当に今日は無理言ってごめんね……」
「何にも無理してないよ? どうしたの茜音ちゃん?」
ベンチに戻り、缶のホットココアを渡したところで、さすがに疲れたのか茜音は少しトーンを落として健に話した。
「だって、今日は本当なら未来ちゃんの日だったのに……」
「気にしてる? いいんだ。あの子にはもう僕があまりそばにいない方がいい」
「え?」
隣を見上げると、彼の目は真っ直ぐ茜音に向けられていた。
「だって、僕には茜音ちゃんがいる。それは未来ちゃんにもはっきりと言ったことだし。あの子は僕から独立していって欲しいんだ。だから、僕のそばにはあまりいない方がいいんだよ」
「未来ちゃん、寂しがってる。わたし分かるの……」
「でもさ、それで茜音ちゃんはいいのかい?」
「うん……。今日だって、きっと我慢できなかったんだと思うよ」
「気がついてたんだ?」
今さらながら、あれだけはしゃいでいた茜音が尾行していた未来の存在を把握していたことに驚く。
「帰って、きつく言っておくよ」
「ううん、それはしなくていい。こうやって最後は二人きりになれたから……」
ふと健にもたれかかった茜音の身体に力がなかった。
「茜音ちゃん?」
缶を落としそうになった手を握るとハッとした。
慌てて額に手を当てると、あきらかに熱い。落とされた照明のもとでも、茜音の顔が赤くなっているのが分かる。
「いつから?」
「朝くらい、かな。お昼にお薬飲むの忘れちゃって。効き目が切れちゃったんだね……」
さっきまでとは違い、笑う声も弱々しい。
「なんでそんな無理をしてまで……」
「だって……。わたしもずっと楽しみにしてたんだもん。健ちゃんとのデートだったから……」
「そんなの、いつだって出来るよ。さ、急いで帰ろう」
「うん。今日はこっちのお家に帰ることにしてるから……。お財布の中に鍵が入ってる……」
「大丈夫なのか?」
茜音は頷いたが、ふらついて満足に歩けるような状態ではない。それに、自分の鍵の在りかを教えることは、このあとあまり長くは持たないということを伝えているのだと。
どっちにせよ、ここからなら横須賀の家よりも横浜市内にある茜音の生家の方が近い。
これまで運び込んだものを思い出して、病人を介抱をするための基本的な用意も整っている。彼の決断は早かった
「電車は無理だな。もう少しだ、しっかりするんだ茜音ちゃん」
健はエレベーターを降りると、茜音の肩を持つようにしてタクシー乗り場へ急いだ。