「本当はね、卒業した中学でもあった。でも、もうお父さんたちにも心配させられなかったから。何があっても我慢した……。健ちゃんとの約束もあったから泣かなかった。いつも自分を押し殺してた。わたし、また話せなくなっちゃった……。高校に入って、菜都実と佳織に会うまで、わたしは、本当にダメな子だったんだよ……。あのままだったら、きっと健ちゃんにも見捨てられていたかもしれない」

 残っている当時の写真もいくつか見せてもらった。

 確かに茜音の笑顔の写真は高校に入ってから。でも、自分が見ると、表面上では笑っていても、どことなくいつも寂しそうな影を感じる。

「でも、それはわたしが本心からのものではなかったと思う……。健ちゃんに会えて、ようやくわたしは本当のわたしに戻れたのかもしれないよ」

「それは、佳織さんたちも言ってたね。あの日を境に茜音ちゃんが変わったって。顔がこれまでよりも優しくなったって。今が本当の茜音ちゃんの姿なんだね」

 正確に言えば、それが正しくない表現であることも分かっている。

 「両親は自分に音楽の技術を教えることはなかった」と茜音は言う。それでも、間違いなく持っているであろう絶対音感や、演奏や歌唱の才能を自然に植え付けた両親を失ったところから、彼女の人生は元に戻ることはなくなっているからだ。


「もう、疲れ果てて無理は出来なくなってた……。だから、本当にあの時はもう一人じゃ生きていけないって本当だったよ。川に落ちてだんだん眠くなっていく時に思ったの。これで楽になれるかなって……。パパとママのところに行けるって。でも、きっとパパとママがまだ来ちゃいけないってわたしを追い返したんだよね」

 茜音はそこで自然と腰を下ろしていたベンチから立ち上がり、彼の目の前でふわりと回って見せた。昔から変わらない嬉しいときの彼女の癖。

 桜色のブラウスに白く柔らかい毛糸のカーディガン。紺と濃緑とエンジのチェックのプリーツ入りミニスカートと紺のハイソックス。彼女にしては最近の流行りにまとめた方だ。

 そのミニスカートが回転に合わせふわりと持ち上がる。太ももの上の方まで持ち上がったとき、健は思わずそれ以上は見てはいけないと思って目をつぶった。

「えへへ。健ちゃんなら見えちゃってもいいのにぃ。これだけ暗くなれば他の人からは見えないよ」

「でもさ……」

「こういうことが出来るのも、きっと神様がくれた奇跡なんだよぉ」

 近づいてきた茜音のダークブラウンの大きな瞳は優しそうに笑っていた。

 幼い頃から変わらない。この瞳を自分の手に取り戻すことは無理なのではないかと一時期思っていたこともある。家庭に引き取られているにも関わらず、彼女は全力をかけて約束を守って……、自分に会いに来てくれた。

「そうだね。奇跡だね。僕たちが最初と再び出会えたこともみんな……」

「うん。ね、ランドマークに上らない? きっときれいだよぉ」

「うん、賛成だ」

 健もベンチから立ち上がり、ちらっと後ろを見る。最初そこに居たであろう気配は既に消え去っていた。