『わたしには、取り戻したい空気がある……』

 茜音の言葉は、何を指すのだろう。確かに彼女は幼いころからいろいろなものを失ってきた。

 両親だけでなく、中学時代、高校時代にも近しい人をそれぞれ空へ見送っている。

 それだけじゃないはずだ。『空気』だといった。時間でも人でも場所でもない。つまり『限定していない』のではないか。

 隣に座って、港の明かりをみている茜音の手を握り、健は買い物を終えてからここに来るまでの時間を思い出していた。



「ねぇ、ここまで来たから、あの公園に行かない?」

 買い物を終えて表に出てくると、日もだいぶ西に傾いている。茜音が提案したのは、ここから歩いて30分くらいはかかってしまうような場所だったけれど、健はその提案にOKすることにした。

「気に入ったのが見つかってよかったね」

「うん。おみやげもいっぱい出来たし」

 こっちに来てから、特に探しものをしていたわけではなく、いろいろなお店を見回っているときに、茜音はさっきの服に合わせられるバッグを見つけた。

 薄クリーム色の厚手布でできていて、上の方にぐるりと水色の生地が帯のように巻いてあって、大きなリボン結びがアクセントとなっている。手提げにも肩からもかけられるようにもできる可愛らしい2ウェイバッグだ。

「あれどうだったかなぁ? ちょっとかわいすぎたかなぁ?」

「いいと思うよ。服の方が結構大人っぽくなってるから、バランスとるにはいいんじゃないかな」

「そっかぁ。春から制服がなくなっちゃうから、今度は毎日のお洋服考えなくちゃならないんだよねぇ」

「あれだけあるのに?」

 サイズ違いで着られなくなったものを除いても、茜音のクローゼットが他の女の子に比べ特に少ないというわけではない。

「うーん。そうは言っても今度は制服がないから、カジュアルなものに困っちゃうんだよぉ」

 どこまでが彼女の基準でカジュアルなのかは不明だが、健が見ていても茜音のセンスは最近の流行の先端を追いかけるのではなく、独自ではあるがしっかりしているのであまり気にすることはないと思われる。

 そんなことを話しながら、ランドマークタワーのすぐ近くに到着していた。

「ここだねぇ」

「そうだね……」

 しばし会話が途切れる。



 昨年の夏、二人が再会を果たした1週間後、茜音は人生で初めてのデートを経験した。

 一応、事前には予定とコースも二人で相談して決めていた。

 しかし、いざ顔を合わせた二人にとって、予定していたコースは意味をなさなかった。

 観覧車や遊覧船に乗ったあとは、ひたすら話し続けた。

 それまでの時間を取り戻すかのように、二人は飽きもせずにお互いのその後を報告しあった。

 その日の最後、港が見えて少し静かなところを探し歩いて見つけたのがこの公園だ。