「これで買い忘れたものはもう無いかな……」

 その後、いろいろなお店に寄り、買い物を終えた二人。両手にはいくつもの袋を持っている。

「こんなにいいのかい? あれだけの服を集めたりいつも寄付でもらっているけれど、茜音ちゃんのポケットマネーなんだろ?」

「うん。それでも去年1年間の旅費に比べれば全然安いもん」

「それはそうかもしれないけど……」

「わたしはね、お金じゃ絶対に買うことができないものを手に入れることができたの。それに比べたら、このくらいは気にしないで……?」

「分かった」

「じゃぁ……、せっかくここまで来たから、ちょっとお散歩してから帰ろうよ」

 茜音は健とふたりでショッピングモールから出た。




「今度はどこに行くんだろう」

 茜音が健を誘い、話をしながらゆっくりと歩道を進んで到着したのは海に面した公園だった。

「もう夕方になるね」

「そうですね。こんなところに来て、何をする気なのかな」

 健たちはしばらく柵沿いで話し合った後、空いたベンチを見つけ、そこに座って笑っている。その近くの茂みに身を隠した未来と里美。

 今日の天気の最後を締めくくるような、春先にしては珍しいくらい澄み切った夕焼けが周囲を照らしている。

「今日は朝からずっと時間もらっちゃってごめんね」

「それは構わないよ。週末の仕事は別に特別なものがなければ大きなものはないし」

 夜間の高校に通う彼にとっては、平日の昼間は業務時間。子どもたちが学校に行っている間に、園の整備や掃除・補修作業などをして過ごしている。

「健ちゃんは偉いなぁ……。それに比べたら、わたしなんてまだまだ……」

「あんなにやってもらってまだまだなんて。茜音ちゃんの理想ってどこにあるんだろう?」

 それは健もずっと知りたかったことだ。昨年の夏から、彼女が珠実園の子供たちに与えた影響。目に見える物資だけではない。

 周囲の福祉施設間の意見交換会でも、珠実園の子供たちの様子が変わったということでも持ちきりになり、視察を受け入れることも多くなった。

 それは、隣に座っていてくれるたった一人の少女が変えてくれたものだ。

『茜音ちゃんが来てくれるようになってからよ』
 
 その意見は園内のどの職員に聞いても同じだと答える。

 この春には、年齢の規定によって卒園をしなければならないメンバーが自分を含めて何人かいる。

 昨年までは、就職先や進学を含めた進路に難儀したケースもあった。しかし、今年は一人としてそれがなく、一人ひとりが新しい目標をもって進路を決めることができた。こんなことは初めてだったから。

 『茜音ちゃんにはお礼しないとね』

 それだけの感謝を伝えたい少女は、自分の隣で「まだまだ」とつぶやいているのだから……。

「わたしには、取り戻したい空気があるんだよぉ……」

 しばらく考えていた茜音は、短くその言葉を吐き出した。





 その情景を見ていた里見が、とうとう決断した。

「未来ちゃん、帰ろう。この先は私たちが見ていていい場面じゃないから」

「そうですか?」

 未来はまだ続けたいようだが、今度は里見も譲らなかった。

「恋人同士の会話を邪魔したら、それこそあの二人でなくてもみんなに何を言われるか分からないわよ。珠実園に戻ってゴタゴタしたくなかったら、早いところ切り上げるわよ」

 里見は立ち上がって駅の方に戻っていく。

「もぉ、里見さんも強情なんだから」

 しかし一人でこの繁華街を一人で追跡するだけの勇気は未来にも無い。里見を追いかけるように未来もその場を引き上げるざるを得なかった。