週末の朝、健が部屋で出かける用意をしている後で部屋のドアが開いた。
「おぉ、兄さん出かける準備してるのね」
「あぁ、おはよう。今日は2月にしては暑いから困っちゃうな」
健が壁に掛かっている服と天気予報を見ながら悩んでいる。
「そっか。今日はコートも要らないみたいだもんね」
この日は2月末だというのに、4月並みの最高気温だとのことで、何を着ていけばいいか困ってしまう。
「帰りは遅いの?」
「その辺は決まってないな」
「ふーん。夜もあんまり寒くならなさそうだしね」
しばらく二人で悩んだ挙句、どうにか無難に落ち着かせた頃には、茜音との待ち合わせ時間に間に合う電車まであまり残っていなかった。
「いけねっ。じゃ行って来る」
「はーい。いってらっしゃい」
駄々をこねると見ていた未来があっさり玄関で見送ったので、健は少し拍子抜けながらも駅までの道を急いだ。
「さてとぉ、私も急がなくちゃ」
そんな健の後姿を見送ると、未来は急いで自分の部屋に引き返し、用意してあったコートとリュックをつかみ、後を追うように玄関を飛び出していった。
この日の茜音との待ち合わせ場所はお互いの地元ではなく、途中の駅にしていた。
やはり予定より数分遅れてしまった健が階段を駆け下りていくと、改札前で心配そうな顔をして見上げていた茜音に笑顔が戻った。
「ごめんごめん。出るのが遅れちゃって」
「いいよぉ。ちゃんと連絡くれたし、無事に着いてくれたから」
途中で茜音の連絡先にメールを送っていたから、遅れていることは分かっていたはず。それでも到着するまでは無事を祈っている性格の持ち主が茜音だ。
「さ、行こうか」
「うん!」
「どっちから先に行こうか」
「そうだねぇ。まだ時間も早いし、アウトレットから先に行こうか」
シーサイドラインの乗り場には同じような二人組が多く見られた。
昨日の夜までどこに行くかは全く決めていなかった二人。せめて集合時間と場所を決めようと電話で話したとき、茜音はいくつかの場所をあげてきた。
そのうちの最初の1カ所は、自動運転の列車に乗って駅1つ目。そこから歩いて10分ほどのアウトレットモールだった。
「まだ時間が早いから空いていてラッキー」
ベイサイドにあるアウトレットパークは約170近い専門店が並ぶ場所で、その中には茜音がよく服を買うブランドの店などもある。当然アウトレットという性質上、いつも欲しいものがあるわけではないけれど、菜都実や佳織などと一緒によく訪れる。
「健ちゃん、もし退屈になったら外にいていいからね?」
「大丈夫。僕も茜音ちゃんの好みは知っておかなくちゃ」
「そっかぁ」
普段から佳織や菜都実と来ていることも多いから茜音が入る店は決まっている。
女性向けの衣料品店は男性一人だけではなかなか敷居も高いけれど、一緒に入るというならば話は別だ。
もともとアウトレットという場所柄、若いカップルでの来店も多い。だから茜音が健と服を選ぶときは専門店や個別立地のお店よりも、このような少しカジュアルな雰囲気の場所にある店舗を選ぶことが多かった。
『なにを今さら言ってるの。茜音流の気配りでしょうが?』
以前、ウィンディでそんな話をしたところ、菜都実から突込みが入ってしまった。
「やっぱ茜音ちゃんにはかなわないなぁ」
「うん?」
「ううん、なんでもないよ」
思わず出てしまったつぶやきを引っ込める。
目の前で楽しそうに品定めをしているのは、そんな気配りをしているとは微塵にも感じさせない、どこにでもいる普通の女の子にしか見えないのだから。