「おつかれさまぁ」
試験が終わって外に出ると、正門のところに見慣れた顔が待っていてくれた。
「姉さん、いくらなんでも目立ちますよ?」
「大丈夫だよぉ。わたしいつもこんな感じだし」
「そうですか……」
思わず苦笑する。これが演技なのか天然なのか。こんな受験生がたくさんいるところで、志望校の制服を着ている先輩がいること。さらに彼女は櫻峰高校の一学生という存在ではないのだから。
「今朝はありがとうございました。本当にドジったなと思ったんですけど。まさか、あんなに堂々と入ってくるなんて」
「あぁ、あれは健ちゃんにお願いされてね。別件で学校に行く途中だったから、駅で受け取ってそのまま。昨日のうちに受験番号聞いておいてよかったよぉ」
あのあとすぐに試験が始まったのだが、やはり櫻峰を受験する女の子たちには、もはや片岡茜音という存在は恋愛の神さま扱いなのだろう。
そんな人物があのタイミングとはいえ目の前に降臨したようなものだったから、俄然やる気にもなったり、余計に緊張してしまったりはあったと思う。
「でも、本当にいつもと変わらずに出来たと思う。本当にお礼を言わなくちゃ」
「それは、発表があってからだよ」
そして約十日後、未来の手には1枚の桜色の紙とともに、封印がされた分厚い封筒が担任から渡された。
「田中、よく頑張ったな。しかも宣言どおりの特待生で奨学金支給の条件だ。きっと、来月の一般試験に向けて、みんなどんな勉強をしていたのか聞きたがるぞ?」
「はい……。でも、塾には行きませんでしたし、学校の補習授業には出ましたけど……。とっても頼りになる先輩にいろいろ教わることはしました」
とても表ざたにはできない。櫻峰高校を受験する同学年に、実際に同校に通っている生徒のアドバイスを受けたというところまでは公表することはできたとしても、あの片岡茜音の個人指導を受けていたなどとは。また受験日当日のハプニングを切り抜けさせてくれたのも、茜音と自分との関係が築けていたからだ。
その日の学校の時間が終わると、未来は珠実園まで走り通した。
「ただいま!」
「どうしたの? そんなに息を切らして?」
夕食の準備をしていた里見が振り返る。
「茜音姉さんは?!」
「なんだか、今日は学校が遅くなったって。でも、夕飯から夜までは来るって連絡あったわよ」
じっとしていられない様子の未来に、茜音の代打として手伝いをお願いした里見。
「もぉ、あれだけライバルだってトゲトゲしてたのにねぇ……」
「遅くなりましたぁ」
すっかり聞き慣れた声がしたとたん、気がつくと園の玄関で未来が制服姿の茜音に抱きついていた。
「あわわわ……。よかったねぇ。未来ちゃんが頑張ったからだよぉ」
茜音はそのまま職員室に向かい、園長先生に告げた。
「わたしも、今日合格通知を受け取りました」
「そうか、おめでとう。茜音ちゃんも少しずつ準備を始めているんだな」
「はい。これからもよろしくお願いします」
園長はそんな茜音を孫娘の成長を見守っているように首を振っている。
「よし、我々もそれに向けた用意を始めるとしよう」
気が早く、高校での生活を茜音にいろいろと聞いている未来。
制服も渡せるものは手入れして譲ることを約束させられてしまった。
「あんまり困らせるなよ? 茜音ちゃんにとっても制服は思い出の品なんだからさ」
健の運転で横須賀まで送るとき、未来にくぎを差した。
「よっぽど嬉しかったんだね」
「未来ちゃんがあれだけ高いハードルを越えたのは初めてだからな。それが変な自信過剰にならなければいいんだけど……」
そんな健の予感が的中してしまうのは、1ヶ月も経たない時期だとその時は誰もが予想もしていなかった。