「未来ちゃん、もう寝てる?」

 自分の部屋に入ると、未来は言われていたとおりに茜音のベッドの中に入っている。

「ううん……。もうみんな寝ちゃいましたか?」

「そうだねぇ、菜都実たちも疲れて寝ちゃってたかなぁ」

 顔の火照りを冷ますため、途中に元両親の部屋だったところに泊めた二人の様子をのぞいてみたが、二人ともすでに動く気配はなかった。

「健ちゃんが、未来ちゃんはなかなか寝付けないからよろしくって言ってたよぉ」

「兄さん、分かってるんですね……」

「そりゃぁ、わたしよりも未来ちゃんとのつきあいの方が長いだろうからねぇ。ああ見えて、健ちゃんは細かいことまでちゃんと見てるよぉ」

「うん、ちょっと具合が悪いときでも兄さんだけは気がついてくれるから」

「そっかぁ。いいお兄さんしてたんだねぇ」

 茜音は部屋の明かりを小さな常備灯だけに落とし、未来の隣に体を並べた。

「あ~、そのパジャマ可愛いねぇ。パジャマでセーラー襟ってなかなかないでしょぉ」

 照れるように頷く未来だが、これを一緒に選ぶために女の子の寝具コーナーにいる健を想像すると少しおかしくなってくる。

「茜音さん、あんなこと、本当にいいんですか?」

「ほぇ? うん、いんだよぉ。みんな賛成してくれたし、わたしも未来ちゃんのことずっと見ていきたいから」

「でも、兄さんと茜音さんの邪魔になっちゃうかもしれないし」

「そのときはちゃんと言うよ。だから心配しないでも大丈夫ぅ」

 未来の言うとおり、もしかすると二人の間にこれからも時々割り込まれる可能性はある。それはどこにでもある話だし、相手が未来で二人の関係も理解してくれているのであればあまり大きなことにはならないだろうと二人で結論づけた。

「わたしたちの心配よりも、未来ちゃんも幸せにならなくちゃねぇ」

「そんな……、私はどうせ……」

「そんなこと言わないのぉ。未来ちゃんにだっていい人が出来て、幸せになれる権利は持ってるんだもん。誰もその権利を奪ったりは出来ないし、未来ちゃんもそれを使わなくちゃ。それが当然だから。あ、それに、もうさん付けで呼ばなくてもいいよぉ。もうわたしはお姉さん役なんだから、好きなように呼んでいいんだよぉ」

「じゃぁ、兄さんがいるから、姉さんでいいよね?」

「ま、いいけどぉ」

 もぞもぞと未来は体を動かして、茜音の胸元に顔を埋めた。

「今日も……、本当にありがとう。生まれて初めてだった。誕生日ってこんなに暖かい日だったんだって初めて分かったの。正確に言うと、私の本当の誕生日は分からないの。誕生日は私が珠実に入った日なんだ……。未来って名前も先生たちが付けてくれた。だから私は本当にどこの誰かは分からないんだ」

「そうか……」

 未来の出生は以前に彼女が話してくれた後から、健からももう少し詳しい話は聞いていた。だからこそ、彼女には普通に暖かく接してあげることが必要だと考えていた。

「お母さんに会いたい?」

「うん。どこの誰かは分からないけどね……。最初は捨てていった人って思ったりした。でもね、大人の事情ってあるもんね。きっと理由があったんだよ……」

 小さい頃はずいぶんと苦労したに違いない。そんな彼女に自分がしてあげられることと悩んだ茜音が導き出したのが今日のプレゼントの提案だった。

「きっと、会えるよ……。そのときに未来ちゃんが幸せでいればお母さんも安心できると思う。頑張ろうねぇ」

「うん……。ありがと……」

 茜音と二人、未来の過去を取り戻してゆく新しい物語は、このときから始まる。それが思いもよらない結末になろうとは、この時誰も予想するものはいなかった。