「未来ちゃんたち遅いねぇ」
茜音はテーブルの上に料理を並べながら、リビングの掃除をしている佳織に言った。
「まあ、仕方ないよ。きっと大はしゃぎで健君とデートしてるんじゃない?」
「そうかもねぇ」
茜音は苦笑する。何も知らなければ、茜音と健の間に何かがあったかと思われるようなドキッとする会話。
実は茜音が提案したことだった。
「ねぇ茜音、いいの? 健君を貸しちゃって」
「うん、未来ちゃんの気持ちをちゃんと伝えた方がいいって思ったし」
「でもさぁ、結果は分かってるんでしょ?」
「うん、それでもいいって未来ちゃん言ってたから」
「そっかぁ」
菜都実は完全に納得はしていなかったようだけど、茜音が納得しているならとそれ以上は深入りしなかった。
珠実園の旅行の帰り、徐々にうち解けていた未来と茜音。その途中で茜音はある提案をしていた。
「そんな、いいんですか……?」
未来は驚いた顔で茜音を見る。
「うん、もし未来ちゃんの気持ちが、それでもいいなら」
未来はしばらく考えてうなずいた。
「うん。結果は分かってるけど、これまでやれなかったことやってみたい。気持ちもちゃんと伝えておきたい」
「そうだねぇ。うん、いいとおもうよぉ。健ちゃんと1日ゆっくりお話してきなよぉ」
未来の気持ちを知ってしまった茜音としては、このまま彼女に何もせずに放置しておくなどということはできない。
当然、健のことだから今さら茜音から未来に乗り換えたりすることはないと二人とも分かっているが、これまで一度も気持ちを伝えたことが無い未来にしても、自分の気持ちを整理した方がいいと彼女自身が思ってのことだ。
二人からそのことを聞いた健も、最初はかなり驚いたけれど、その後茜音から趣旨を聞いて双方納得しての実現となった。
当日、二人がどこを回るかなどは茜音も聞かないようにしていて、帰ってくる時間だけは決めて夕食はみんなで食べようと約束し送り出した。
「これで未来ちゃんもケジメがつくってやつか」
菜都実もセッティングが終わったテーブルの上を見て満足そうだ。
「まぁ、そこまでは言わないつもりだけど。未来ちゃんの気持ちが納得すればいいかなぁって思ってねぇ」
茜音もキッチンの片付けを終え、エプロンを外す。
「でもさぁ、茜音と健君、これからどうするの? これまでは未来ちゃんのことなんか考えてなかったと思うし?」
佳織も飲み物などの買い出しを終えて戻ってきた。今日は、帰ってくる二人を交えてのパーティを予定していた。
「うん、健ちゃんとそれも考えたんだぁ。健ちゃんもやっぱり放っておけないってのが本音みたいだからねぇ」
「だろうなぁ」
茜音によると、その検討結果もこの後に発表されるらしい。この内容は佳織も菜都実も聞かされていないけれど、あの茜音のことだから、相当思い切ったものだろうとは前から予想されている。
あの茜音の出生が明らかになった夜、彼女はその場で、これまでどおりに呼んで欲しいと頼んできた。
これまで片鱗をみせていた音楽性だけでなく、小峰が「お嬢様」と呼ぶほどの素性が加われば、いくら同級生といえども雲の上の存在だったわけで、呼び捨てにしていたことをすっかり恐縮していた佳織や菜都実だけでなく、「茜音ちゃん」と呼ぶ健や里見にもこれまでと変えないで欲しいと。
それが茜音が両親から身につけてきた教えなのだろう。両親が近所の幼稚園に茜音を入園させていることからも、特別扱いを受けないようにという教育方針だったことがうかがえた。