「兄さんからいろいろ聞きました。本当に私たちが持ってない物を茜音さんは持ってるんですね」
「そうかなぁ?」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
「さっき、兄さんに言われました」
「うん?」
「まいったなぁ……。私、フラれちゃいました……」
「そっか……」
未来は茜音の部屋で健が伝えたことを繰り返した。
「兄さんは、茜音さんだけを見てた……。はじめから勝負なんてなかったのに、茜音さんまで傷つけた……。本当にごめんなさい……」
「そうなんだ……。謝ることないよ。わたしも未来ちゃんの気持ち分かるから……。自分の一番大事な人がいなくなっちゃうって、本当に辛いよね……」
未来の気持ちは言われなくても分かっている。
自分たちの間が引き裂かれてしまった当時、分かっていても茜音はしばらく何も手につかなかったから。
茜音と健が出会ってからの時間は約3年間。それに比べれば遙かに長い年月を過ごしてきた未来。実の兄妹のように接してきた健と離れなくてはならないという事態を突きつけられたとき、素直に受け入れられないのも当然だと思った。
「あ~あ~、私ももう少し早く生まれれば良かったなぁ」
「そう?」
未来は再び空を見上げた。
「私って、茜音さんに勝てるところなんて何もないんだもん。せめて同じ時に生まれていればなぁ……。そうすれば……、同じスタートラインに立てたかもしれなかったなぁってね」
「そうかぁ……」
「んー、でもそれでもダメだぁ!」
「そう?」
「だって、茜音さんは、私や兄さんが持っていないものを持ってるんだもん。だから仕方ないことだよ」
未来の肩が少し震えているように見えた。
「私ね、これまで家族なんていらないって。自分一人で生きていくんだってずっと考えてきたよ。でも茜音さんに会うと変わるって兄さんがいつも言っていた。暖かいんだよね……。茜音さんが今は普通の家にいるからかなって思ったりしたけど、そうじゃないんだよ。家族で一緒にいるって、子供の時には本当に大切なんだよね。私なんか、親が誰だか分からないんだもん……」
未来は自分の両親が誰なのかを知らない。生まれたときから施設の中で暮らしてきた彼女は、そこでの生活が全てだから。
「そっか……」
茜音は未来の背後に回ると、華奢な体を抱きしめた。
「小さい頃って、こうされているだけで十分安心できるんだよね……」
じっと動かず、感触を確かめているような未来。
「健ちゃんに……、告白とかはしたの……?」
「え……?」
突然の質問に、未来は驚いて振り向いた。
「さっき、フラれたって言ってたけど、健ちゃんに未来ちゃんの気持ちは伝えたことはあるのかな?」
「ううん。だって、言えないよ……。兄さんと茜音さんの話は、私が物心付いたときから聞かされてきた。だから、私はずっと妹として接することしかできなかった。妹なら、好き嫌い関係なく一緒にいられるから。本当の兄妹じゃないから、本当はどうにでもできることも知ってるけど……。でも、茜音さんに今回会えて、負けてもいいって思えた」
それは未来の素直な感想だ。
健が茜音との再会を知らされ、それまで自分が隣にいた健との距離が安泰でないと気づいた。それからはこれまで以上に距離を近づけようと、彼女なりに健の気を引こうとアタックもしてみたつもりだった。
「結局、兄さんの気持ちは変えられなかったなぁ。だからずっと考えちゃってた。でも、今日のことがあって、こんな素敵な人で、兄さんが幸せならそれでもいいかなって思った」
自分とは違い、まだ恋愛経験で傷ついたことも多くない中学生の未来には、その答えを見つけ出すのも難しかっただろう。
「だから……、兄さんのこと、よろしくお願いします」
震えている未来の肩を両手でそっと押さえた茜音。
「大丈夫。わたしにとって健ちゃんは大事な人だけど、未来ちゃんにも大事な人。それはこの先も変わらない。だから大丈夫だよぉ……」
「私、茜音さんよりもっと幸せになってみせる。だから、もう大丈夫」
「そっか。こんどうちにおいでよ。未来ちゃんならみんな歓迎してくれるから」
「はい……」
未来は茜音と視線を合わせ、初めて満面の笑みを見せた。