「言わなくちゃいけないことがある」

 ついにそのときが来たと、未来は理解していた。

「ごめんな。未来ちゃんの気持ち分かってて、ずっと何も言わなくて」

「うん……」

「知ってるとおり、未来ちゃんと会う前から、僕と茜音ちゃんは二人だった。当時から将来のことは言っていたけど、それがどこまで本当になるかは分からなかったけどね。でも、僕もこの10年、茜音ちゃんことを忘れた日は1日もなかった。そして、それは茜音ちゃんも同じだった。先月再会したときに、僕はずっと思ってきたことを茜音ちゃんに言った。これからは何があっても茜音ちゃんを守っていくって」

「兄さん……」

 ずっといつかは告げられると分かっていた答えだ。

 健たち二人の話は、珠実園の中でも十分すぎるほど有名だったし、そんな二人の恋愛物語は、年頃を迎えた女の子たちにとって憧れとさえ言われているほどになっている。

 一方で、幼い頃から健に面倒を見てもらってきた未来。

 兄と呼びながらも本当の兄妹でないことは十分承知していた。

 だからこそ、伝説となるほどの恋愛ストーリーの主人公である健のそばにいられることが自慢だったし、淡い期待も抱いた。

「私は、結局負けちゃった……。最初からそう思っちゃいけなかったんだよね。兄さんが茜音さんに会いに行くとき、本当は行って欲しくなかった。聞けば聞くほど、茜音さんが約束を破る人には思えなかったし、茜音さんが兄さんのことを真剣に探してるって知っちゃっていたから……」

「え?」

 健には初耳だ。そうなると健がずっと探し出せなかった茜音の所在を彼女は知っていたことになる。

「学校でね、プログラミングの時間に見つかったんだよ。兄さんたちの名前を入れて検索したら出てきた。中を読んで、この人がそうなんだって……。でも、書き込みはできなかったし、兄さんにも知らせること出来なかった……。ごめんなさい」

「そっか。未来ちゃんの気持ちを考えれば、仕方ないことだよ。もう過ぎたことだ」

 もしそのときに互いの情報を知ったとしても、結局二人はあの日まで会うことはなかっただろう。気持ちの上での雲泥の差はあったとしても。

「だから……、今度来る人が同じ名前だって知ったとき、もうどうしていいか分からなくて……」

「僕を取られるって思ったのか……?」

 無言の返事を返した未来。

「だって、兄さん、もう珠実園を出て行かなきゃならない歳だし。きっと茜音さんのところに行っちゃうと思ったし……」

「まだ何も決まってないし。決まったとしてもまだ先の話だよ。いきなりいなくなることはないさ」

 健にも未来が急に密着度を上げてきたことは分かっていた。分かっていても、自分には普段通りに接してやることが、彼女に出来るせめてものことだった。

「うん……、本当に茜音さんって凄い人なんだね。兄さんが惚れるのが分かった気がする。なんか、素直に祝福してあげられるような気がしてきたなぁ」

「なに言ってるんだか。そろそろ菜都実さんか佳織さんが来るはずなんだ。僕はみんなの夕飯の支度をしに行くから、しばらくついていててあげてくれるか?」

 顔を赤くしながら、健は立ち上がって部屋を出て行こうとした。

「うん……、分かった。私ももう少し休んでるね」

「寝てるからって、いたずらしちゃダメだぞ」

「大丈夫。今度茜音さんになんかしたら、それこそ兄さんに愛想つかされちゃう」

 未来の顔がいつも通りに笑ったのを確認すると、健はその部屋をあとにした。