「未来ちゃん、そこにいるんだろ? 入りなよ」
「うん……」
中から彼の声がして、未来はドアを開けた。
ベッドには茜音が寝かされており、健が横に置いた椅子に座っていた。
「大丈夫だったか?」
「うん。もう平気」
一度入浴して体を温めたのでもう水着ではなく、元の服を着たいつもの姿に戻っていた。
「さっきは、頼んじゃって悪かったな……。本当は僕がやるはずだったんだけど……」
「兄さんが茜音さんのお風呂入れたら、ちょっとここじゃマズイでしょ。そのくらいは私でもできるよ……。でも……」
「でも、どうした?」
口を閉ざした未来に、健はたずねた。
「茜音さん、すごく軽かった……。思ったよりずいぶん痩せてた……。服が厚手で気がつかなかったけど、私でも抱え上げられた……」
「そうか……」
健は黙って未来の前に小さな薬の瓶を見せた。
「それ、持ち物の中にあった栄養補助剤だ。数日前からなにも喉を通らなくなったらしい。仕方ないから、そんな薬で持たせていたんだ」
「えぇ? でも……、そっか」
そんなバカなと思ったけれど、振り返ってみると、食事の時間も茜音は給仕などに徹していて、ほとんど食べていないことに今更ながら気づく。
「昔と同じだ。神経で胃がやられると何も食べられなくなるんだ。昔も薬とか点滴で持たせたことがあったんだ」
健は、茜音の額にかかった髪を、そっとのけてやる。
「兄さんは、それを分からせるために……?」
「違う、それは偶然。調子が悪いってのは聞いていたんだけど、どう悪いのかはさっき里見さんから聞いて知ったんだ。誰にも知られたくなかったんだよ。だから本当は僕がやるべきだったのかもしれない」
未来は改めて寝かされている茜音を見た。
さっきはあんなに大きな声で恐く見えたのに。目の前に寝かされているのは、頼りなく見えるほど自分と大差ない小柄な少女だ。
「茜音ちゃんはいつもそうだ。ギリギリまで我慢しちゃうから……。それを見抜けなかった僕に全部責任がある……」
「兄さん……」
こんなに心配そうに声を絞り出す健を未来は見たことがない。
「恐かったかい?」
「えっ、うん……、私泳げないから」
「違うよ、あのとき怒鳴った茜音ちゃんだよ」
普段は大きな声を出すことはない茜音。だからこそのギャップに驚いたのは事実……。
「うん……。でも、仕方なかったと思う。私を助けに来てくれたのに、一人で意地張って……。まさかこんなことになるとは思ってなかったし」
それは健以外の誰にとっても茜音が倒れる事態は想定外だ。
「未来ちゃん。茜音ちゃんは、もう大切な人を誰も失いたくないんだ。だから、きっと僕があそこにいたとしても、きっと作戦は同じだったと思う。茜音ちゃんは未来ちゃんを認めたんだよ。自分の大切な家族の一人として」
「家族……?」
未来は、自分の家族を知らない。この世に生を受けすぐに、彼女は珠実園の門のところに置き去りにされていたという。
健のことを兄と呼ぶのは、そんな幼い頃から自分の面倒を見てくれたことに由来する。
「茜音ちゃんは事故で両親を亡くすまで、仲のいい家族の中で大事に育てられてきたんだ。だから、家庭がどんなに暖かい物かを知ってる。僕たちが茜音ちゃんから学ばなきゃならないものはたくさんあるんだよ」
「そっか……」
うなずいた未来を健は見て続けた。
「未来ちゃん。僕は言っておかなくちゃならないことがあるね……」
「うん?」
未来の表情が少しこわばった。