いざ、何かをしようとしても自分たちではどうにもならないとき、茜音に話すと不思議と事態が動き出す。

「そうだなぁ。みんな、普段はそれぞれ暮らしていても、いざとなったら集まれるのって大事だよね。千夏ちゃんは、学生時代からやってるから、もう大丈夫か?」

 千夏はその影響を最初に知った人物。茜音との出会いで人生を大きく変えた。

「もう佳織さん、イヤですよぉ、恥ずかしい……。でも、あのとき、みんなに助けてもらったから、今の和樹と私がいるのは間違いないし。あの頃と結局変わらないですね。そういう意味だと菜都実さんが一番大変そう」

 大丈夫とみんなが笑って、菜都実の横須賀への里帰りの話をする。

「今度のお店の名前はどうするの?」

 先のマスターの話では、店名の『ウィンディ』までも変更するとのこと。そこまでして世代交代を決めているのだと。

「まだこれだ~ってのがなくてさ。でも、みんなが集まって安心できるような空間にしたいなって名前負けしないようにって思うとなかなかねぇ」

 それが固まると、『ウィンディ』を改装閉店し、準備を始めるそうだ。

「今度は、誰が一番先にママさんになるかだねぇ」

「うちらがみんな同い年なんだし、子どももそうだったりして……」

「それは……、冗談になってないよ菜都実?」

 さすがにそこまで強要するつもりは無いけれど、今日で一段落したこともあり、可能性が無いわけではなさそうだとひとしきり笑う。

「おーい、いつまでやってんだぁ?」

「だめっすよ和樹さん、女性陣は話し出したら止まらないんだから」

 プールサイドに賑やかな声がした。

「はいはい。じゃあ、お開きにしましょう」

 茜音と美鈴でみんなを見送り、健がやってくる。

「美鈴さん、本当に茜音たちが無茶を言ってすみませんでした」

「そんなことないですよ。本当に皆さん、楽しい方ばかりで。お二人は本当に苦労されましたけど、きっとそんなことも忘れちゃうくらいに幸せになれますよ。私も負けないように頑張ります」

「美鈴ちゃんはいつまで沖縄にいるの?」

 宮古島に帰る菜都実と職場に復帰する千夏は明日の朝、佳織と茜音の組はお昼頃の便でそれぞれ羽田に戻る。

「明日、今日の片づけとドレスの発送を済ませてからになるので、夕方になっちゃうかな。明後日はまた打ち合わせの予約入ってるから」

「忙しいんだぁ」

「また、遊んだり相談に乗ってくださいね」

「もちろんだよぉ。じゃぁお休みなさい」

 荷物を預けてあるチャペルに向かう美鈴を見送り、健と二人で庭のベンチに座って空を見上げる。

「ねぇ、健ちゃん……。茜音ね、幸せになれた。健ちゃんとみんなのおかげで。わたし、これから、みんなに少しずつ恩返ししていきたいって思ってるの」

「みんな、茜音ちゃんが元気で笑っていてくれればいいって言ってるよ。それがみんなへの恩返しになるんじゃないかな」

「うん。次は赤ちゃんだね」

 ウィーンで、健と結ばれることが決まった夜に身体を一つにしたが、天使は降りてこなかった。

 残念だと思いつつも、内心ではほっとしている自分もいた当時。

 婦人検診をこっそり受けた茜音は、そこで医者に言われたという。

『ただ産みたいと思う気持ちだけでなく、体も心も環境も、お母さんになれる準備が全部できて、また嬉しい報告と一緒に来られるのを待ってますよ』と。

「そっか。僕に父親が務まるのかな」

「大丈夫。健ちゃんはもうみんなのお父さんだもん。それに、わたしを引き取って育ててくれたんだもん。へっちゃらだよ」

 何もわからず怯えていた20年前のあの日、初めて声をかけてくれ、当時から自分を守る決心をしてくれた彼を茜音は忘れていない。

 健が好きだと言ってくれたダークブラウンの瞳で彼に目を閉じるように促す。

「ずっとね、ついていくよ……。それが、わたしの健ちゃんへの恩返しだから……」

 最後の方は囁きになりながら、茜音は彼の胸元に顔を沈めて頷いた。