ETERNAL PROMISE  【The Advance】




「健ちゃん!」

 到着客が出てくるゲートで、茜音はすぐにその人物を見つけて飛びついた。

「茜音ちゃん、元気そうでよかった」

「うん、寂しかったよぉ」

 挨拶代わりに、久しぶりのキスをする。空港という公共の場面なので、すぐに離れた茜音は真っ赤になって笑った。

 そんな茜音を一目見た健は確信した。お互いに寂しかったけれど、彼女はこの地で確実に成長した。音楽家としても、教育者としても、そして自分の最愛のパートナーとなる女性としても。

 研修の日程については、健がこちらに来られることになってから休日を返上して自己研究の部分を前倒した。この最後の週は見学施設もないので、事実上休暇にすることが出来る。

 到着も早々に、彼の荷物をあの部屋に置いて、二人デートに出かけた。

 昔、茜音の両親もこうして二人で歩いたであろう街を娘である自分が健と歩いているのは不思議な感じもした。

 翌日のオペラの予約を取って、レストランでの食事。さすがに2ヶ月もいれば食事のメニューにも困らない。二人分の食事を頼んで、茜音は種明かしをした。

「えー、茜音ちゃんのご両親が暮らしていた部屋なの?」

「うん、まだわたしが産まれる前で、結婚もしていないときだけどね。今のわたしたちと同じ」

 そして、この最後の一週間は、二人でその足跡をたどりたいと説明した。

「なるほどねー。そういうことだったんだね」

 最初、茜音からのメッセージを受け取ったときは、彼女が寂しさに耐えきれずに助けを求めてきたのかと思った。真相を聞いてみれば真逆だ。両親の過去に対峙して、自分が未来に進むための糧にしようとしていた。

 久しぶりに隣に温もりが戻ったベッドで、茜音は健の腕の中から抜けようとしなかった。



「健ちゃん、これって、わたしのことだよねきっと……」

 昼間はレッスンに通ったアカデミーの練習室や校内を案内して、夕方は予約していたオペラを見て帰ってきたあとに、茜音は健にそのノートを見せた。

 健がまだ寝ているときに、茜音が見つけた日記の項目だった。

「これ、そうだね……。だからだったんだ」

 このページが書かれたのは、もう日本に帰国しなければならない時期が迫った頃だろう。

 二人が今後受けるであろう困難にも、手を取り合って生きていくとの約束。そして、子育ての夢が書いてあった。

 二人とも音楽家として成功することができたが、その裏では多くのものも失った。

 音楽は人を悲しませてはいけない。そして、誰かに強要されて始めるものではない。

 子どもが生まれたら、その子には音楽を楽しんでもらえる環境を作るだけで、英才教育などは行わない。他の道を進むのであれば、それを応援する。もし、自らが望んで同じ道を選んだときに、そこから始めればよい。

 そして、記されていた。

『こんなわたしたちにも、天使が舞い降りますように』

 そこで初めて、茜音は日付の横に書かれていた暗号のような数字の意味に気づいた。成実の基礎体温だと。

 このまま日本に帰れば離されてしまう運命の二人。そんな別れを何とか回避するため、帰国したときには妊娠中にしてしまいたい。秀一郎が自分の子だと認知すれば、たとえ家から追い出されたとしても、三人で家族を作れる。その試みは本当にギリギリまで続けられたようだ。

「茜音ちゃんは、要らない子じゃないよ。必要としている人がたくさんいたし、今でも変わらないんだよ」

「うん……。そうなのかもしれないね……」

 続きのページはなにも書かれていなかった。しかし、最後のページに折り畳まれた便せんが封筒に入って挟まれていた。驚いたことに封は切られていない。きっと日本語で書かれているこれらのノートには入念なチェックも入らなかったのだろう。

「どうしよう……」

「茜音ちゃんしか開けられないと思うよ」

 健の言うことが一番正しいと思われる。茜音以上に封を切れる資格を持つ者などいない。

 あの学長が知ったとしても、他の人物ではなく、茜音に開封を依頼するであろう。

 部屋に備えてあったペーパーナイフを古い封筒の隙間に差し込んで丁寧に封を開けていった。




 封筒の中から取り出した便せんを開いてみると、間違いない。見慣れた筆跡が飛び込んできた。



『大切なあなたへ

 もし、この手紙を私たちの子であるあなたが読んでくれているなら、こんな素敵な奇跡はありません。いつかそれが叶うことを信じてお手紙を書きます。

 もしかしたら、私たちのせいで、あなたには辛い人生を送らせてしまっているかもしれない。それでも私たちは誓います。精一杯の愛をあなたに注ぐことをね。

 日記にも書いたように、私たちはあなたを無理に音楽家になるようには言いません。あなたの道は真っ白なの。自分の道は自由に選んでいいものなのよ。

 いま、私のお腹には、お父さんと一緒にお願いした天使、あなたがいてくれると確信しています。

 男の子か女の子かはまだ分からないけどね。どちらでもいい。大きくなって、素敵な人と出逢ってお互いの将来を誓えたなら、迷わずに結ばれて欲しい。私たちはあなたのお相手の方にお願いするだけ。

 私たちの大切な想いから生まれたあなたを幸せにしてあげてくださいと。

永遠の愛を込めて…… 秀一郎&成実』




「パパもママも……、こんなの反則だよぉ……」

 涙が止まらない。これまでも二人の想いが詰まった日記は読んできたけれど、これは間違いなく自分に宛てたメッセージそのものだ。

 幼い頃からの記憶が一気に溢れてくる。

 確かに5歳での別れは急だったし、大きすぎるターニングポイントになってしまったことは予想外だったに違いない。

 それでも、二人は茜音が外に出ても恥ずかしくないように、最低限のことを覚えさせてくれていたし、茜音が持ち続けた家庭のイメージは間違いなくこの二人から受け継いだものだ。

 どんなに辛くても乗り越えてこられたのは、きちんと愛情を教わっていたから。

『育ててあげられなくてごめんね』

 雪山の中で、母親から聞いた最後の言葉。

 茜音を授かった喜び。これから一緒に過ごすはずの時間が途切れてしまう悲しみと悔しさ。そして、独り残してしまう娘の行く末の心配。これらが全て凝縮されていたから。

 健も横で涙を抑えられなかった。

 間違いなく茜音は「望まれて」生を受けたことが証明された。たくさんの想いが彼女には詰まっている。全てが明らかになった今、彼女を幸せにするために二人ですぐにでも歩き出さなければならないと思う。

「健ちゃん……」

「うん?」

 一生懸命に笑顔を作っている茜音が、幼いあの日の姿と重なる。

 10年という途方も無い時間の約束。あの日の茜音もきっと無理だとは思っていたのだろう。それでも彼女は懸命に笑ってくれた。

「わたしね、2カ月だったけど、離れて分かったの。わたしは健ちゃんがいてくれなきゃダメなんだって。冷静になって分かったの。あなたがいてくれるから、わたしが笑えるの」

「うん」

 両腕で華奢な体を抱きしめる。

 自分を見上げた彼女の顔。涙の筋が何本もあったけど、ただ愛おしかった。

 そんな唇をそっと合わせる。

「茜音ちゃん。結婚しよう」

「えっ…………?」

 大きな瞳から再び雫が零れ落ちる。

「帰ったら話を進めよう。二人で歩いていこう」

「わたしで……、いい?」

「片岡……、ううん、佐々木茜音さん。僕のお嫁さんになってください」

 茜音は彼の胸元に顔を埋めた。

「お願い……します……。健ちゃん……」

 背中に回した腕に力を入れる。

「茜音ちゃん、もう逃がさないぞ」

「うん、最後までここにいさせて……」

 茜音は静かに肯いた。



 食事をして、お風呂に入って、ベッドに入る。

 こんないつもと変わらない生活シーンなのに、胸がドキドキしてしまう。

 もう一人だと泣かなくていい。そして、ついに辿り着いたゴール。そしてスタート地点でもある。


「ねぇ、健ちゃん……」

「うん?」

 前日と同じく、茜音が健の胸元から見上げてくる。

「このお部屋も、このベッドもきっと20年以上前から変わらないんだろうね」

「そうだね」

 一番上のマットレスは交換されているだろうが、家具としては変わっていないだろう。

「このお部屋って、パパとママのお願いで、わたしが空から降りてきたお部屋なんだよね。わたしたちも同じお願いしてもいいのかな?」

「茜音ちゃん……」

 以前だったら、意味が分かっているかの確認をしただろう。

「わたしは健ちゃんのお嫁さんになるの。だから、お願いしてもいいかなって……」

 これまで何度も二人で愛を確認してきた。それは、順番違いの間違いを起こさないように、準備をしてからだった。

 いま、茜音が望んでいるのは、その準備は行わないこと。二人が望んだ天使を迎え入れるためだから。

 健にキスをして、茜音は健と自分のパジャマのボタンを外しながらサイドテーブルの明かりを消した。




「ありがとうございました」

 約1ヶ月過ごした宿舎を後にする。

 昨日までに、お世話になったアカデミーなどには挨拶も済ませた。

「本当に、持って行かなくていいの?」

 茜音が部屋に借りていた両親の日記や書類を返しに行ったとき、日本に持ち帰ることも提案されたものの、彼女は首を横に振った。

 持ち帰れば間違いなく大騒ぎの品だ。せっかく空の上で静かな時間を過ごしているであろう二人に迷惑をかけたくない。

「これは、パパとママの二人の記録です。ここにはわたしはまだいません。だから、ここに静かに置いておくことが一番だと思います」

 あの手紙のことを話すと、それは間違いなく二人の娘である茜音が受け取ることを想定して書かれてある物だからと、土産として渡された。

「さぁて、帰ろうか」

 すっかり顔なじみになっていた宿舎の面々に見送られ、空港までの電車に再び乗った。

 二人ともスーツケースひとつの身軽さだ。あちこちのお土産は一昨日までに用意をして先にオーストリアを発っている。

 昨日も手をつなぎながら朝から街歩きを始め、いくつもの美術館やプラーター遊園地などを訪れて、時間の許す限り二人だけの時間を過ごした。

 離陸する飛行機の窓から、2カ月過ごした街並みを見下ろしながら、涙が自然にこぼれた茜音。

「また、戻ってくるよ……」

 茜音にとって、この街は特別な意味を持つ場所に変わっていた。

 夜間飛行になって、窓のブラインドを下ろす。


「疲れた?」

「健ちゃんこそ。なんかあちこち振り回しちゃったみたいで、ごめんね」

 機内食を食べながら、これからのことを少しずつ話していく。

「帰ったら、お墓参りに行こうよ。茜音ちゃんを幸せにしますって、ちゃんと報告しなくちゃ」

「うん。そうだね」

 あの手紙は大切にしまってある。

「片岡のご両親にもちゃんと言わないとね」

「健ちゃん、焦らなくても大丈夫だよ? 片岡のお母さんもお父さんも、もうわたしに任せるって言ってるから反対されることもないし」

 もちろん、結婚は茜音の人生の最大の転換点となる。進めなければならないと思う一方で、急ぎすぎてミスをしたくないという考えと両方の葛藤がある。

「近く、僕は苗字を変える予定でいるんだ」

「えぇ? そうなの?」

 茜音の身辺調査をお願いしてしてた頃、健も自分の戸籍などを調べてもらっていた。

 茜音を迎えたとして、突然親戚が現れてあれこれ言われるのは避けたい。それに、今の保護者代行が園長先生になっていることからも、今後のことを考えて整理しなければと思っていた。

 その結果、健自身はもうどこの籍にも属していなかった。松永という苗字も、以前からあったために変えていなかっただけだと分かった。

「だから、佳織さんに言われたんだよ。僕が変更して、茜音ちゃんがお嫁さんにきてくれることにすれば、新しい苗字にできるって」

 健も悩んでいたのだ。茜音と次に進むために何をしたらいいのか。

「なるほどねぇ。なんにしようかぁ」

 東京までのフライトの間、二人は自分たちの名前を考えていた。松永も佐々木にしても、トラブルの原因になるようなものは使いたくない。

「健ちゃん、ありがとう」

 ここにきて、いろんなことがあったけど、今の自分が帰る場所は彼の腕の中。

 それがはっきりしただけでもこの2カ月は無駄にはならなかった。

「あのね、わたしは、やっぱりみんなの『あかね先生』なんだと思う。いろんな勉強したし、ピアノやバイオリンを弾いたりみんなと一緒に歌うのが大好き。それでいいんだって。パパもママも解ってくれるよ。わたしが自分で決める道だから」

 これまでは、どうしても自分の出生が明らかになるにつれ、両親の意志を継がなければならないのかと迷うときもあった。

 はっきりと自分の道を選んでよいと二人からの応援をもらった今は自信を持って言える。

「帰ったらお仕事だよぉ」

 この研修旅行のレポートを出し終わったあと、茜音は最初で最後の音楽コンクール生活にピリオドを打った。

【茜音 25歳】



「ほら、茜音! 手袋忘れてるよ!」

「ふぇえ! 重いから動けなぁい。美鈴ちゃん助けてぇ」

「まったく、ウエディングドレスがこんなに重くなるなんて想定外だわな」

「はいはい。しかたないんですよ、皆さんが選んだドレスがこれだったんですからねぇ」

 沖縄本島のリゾートホテル横にあるチャペルは朝から笑い声が絶えなかった。

「男連中は楽でいいよなぁ」

「いつものスーツとあまり変わりませんしね。でも、髪型とかセットしますから」

 菜都実のぼやきも美鈴が慣れたように受け流している。

 これはなにも遊んでいるわけではない。

 今日は、あの三人が晴れ姿で集合する日だったから。




 茜音、菜都実、佳織の三人がそれぞれの人生を歩き出してから5年が過ぎようとしていた。

 一番最初に動いたのは、やはり一番先に決断をした菜都実だ。

 幼なじみで婚約者でもあった秋田保紀が修行する沖縄・宮古島に渡って半年後に、二人は結ばれていた。

 今では彼の両親とともに2世代で店を切り盛りして、菜都実も看板娘としてすっかり定着しているという。

 目下の悩みは、このまま宮古島に残るのか、地元の横須賀に戻って実家の店を継ぐのかということらしい。



 次に動いたのは茜音たち。

 ウィーンから帰国後、健と二人で相談し、先に健が苗字を変える手続きに入った。佳織の弁護士事務所の協力を得て、家庭裁判所で変更が認められた。

 これで茜音を迎え入れられる。彼の手続きが終わり、片岡の両親、そして佐々木の両親が眠る墓へ報告した。二人で選んだ苗字は、お互いから1文字ずつを取った『松木』とした。それを聞いた佳織は「二人らしい」と笑っていたけれど。

 もちろん、二人とも珠実園の仕事は続けている。健は昨年、珠実園の副園長として正式に就任。茜音は支援センター側の主任として今年から動いている。

 あのウィーンでの2カ月で吸収したものをさらに広げていた。

 茜音が思い切ったのは、あのテレビ出演で覚えてくれていた視聴者からの質問や、将来への不安を持った子たちのためにと、これまでの半生を全て公開していることだった。

 本来であれば、両親から受け継いだものを活かすこともできる家に生まれ、才能も持ちながら、それとは全く違う生き方を選んだ彼女の言葉は、周囲に本人の想像以上に響いたらしい。

 出産前から年齢別に分けている音楽セラピーの教室はキャンセル待ちが出るほどの盛況ぶりで、小峰との縁を活かした音楽活動も大人気だ。




 最後は、ひとつ下の高校時代からの後輩、原田青年と交際を続けていた佳織。

 彼女が決めた、弁護士を目指した理由は学生時代に宣言したまま、目標を変えることなく貫かれた。

 「茜音たちの役にたちたい」茜音や健のような生い立ちの子どもたちが独立や試練を乗り越えるために、時々立ちはだかってしまう様々な壁を乗り越える手伝いをしたいというもの。

 大学の法学部を首席で卒業し、弁護士事務所で修行を積んでいる。司法試験に向けた勉強や研修を早くから始め、国家試験である司法試験も一発突破して、目標に向けて一気に突き進んだ。

 その確定を持って入籍。今では珠実園の専属弁護士として、公私ともに関係は続いている。



 こんな三人だから、二十歳の春にした約束を覚えていた。

 「三人揃って結婚式を挙げたい」

 こんな無茶苦茶な野望としか言えない相談も、やはり茜音のチームに最後に加わったメンバーが叶えることになった。

 茜音の半生を振り返った中で存在を知った従姉妹。美鈴はその後、両親へ進路や恋人の存在を公表。

 最初はなかなか認めてはもらえなかったけれど、粘り強い交渉で、最後は進路も自ら選んだ男性との未来も勝ち取った。

 その後はウェディングプランナーとして活躍している。やはりベースに繊細な感性を持ち合わせているだけあり、彼女への指名は後を絶たないという。

 そんな美鈴に茜音は自分たち三人の約束の話を持ちかけた。そして、そのために誰も挙式は行っていないことも。

「それなら、皆さんの意見をまとめましょう!」

 茜音からの経緯を聞いて、すっかり乗り気になった美鈴が全員の希望などを聞いてまとめ上げてくれることになった。




「いやぁ、まさか本当に実現しちゃうもんだねぇ」

「茜音の交友関係を辿っていくと、みんなそれぞれの職業だから、どうにかなっちゃうんだよね。自然に集まっちゃうんだなぁ」

 入籍を済ませてから随分時間を経ての挙式ということもあり、普通の形ではなく「大真面目に楽しんでやろう」と、美鈴を中心としてチャペルでの挙式も席を決めず、またバージンロードも3組を一度に入場させたりとアレンジ。披露宴も「固いし1番の主役はいないから」と席を決めず、屋外パーティー形式にしてしまった。

 各個人の写真も撮ったし、3組を混ぜたポーズもたくさん撮った。



「なんか、ひと区切りだねぇ」

 男性三人がホテルのバーラウンジに消えたので、女子側は私服に戻してからプールサイドのカフェに陣取った。

 こんな三人娘の相手となる男性陣も、旧知のように自然と仲がよくなっていたので、こんな組み合わせも珍しい話しではない。

「とにかく、茜音はもう落ち着いたし、あたしも、あと何年かしたら、横須賀に戻るような話でいるよ。遊びに来るなら早いうちがいいかもね」

 どうやら、菜都実たちに継ぐときにはお店を改装する予定だとマスターからは聞いている。

「佳織はようやくこれからだもんね。あ、美鈴ちゃんお疲れさまぁ。こっちにおいでよぉ」

 今回の一番の協力者は彼女であると誰もが認めている。

「いいんですか?」

「遠慮しないで」

 最初に美鈴の話を聞いたときには、やはり茜音を苦しめてきた家の人物ということで佳織だけでなく菜都実も警戒していた。

 しかし、実際には茜音の奪回作戦を最終的に諦めさせたり、家から勘当も覚悟の上で、自らのパートナーと結婚するなど、その行動力は従姉妹の茜音と似たり寄ったりだと分かり、その誤解も解けた。

 なにより、彼女の尽力が無ければ今回の無謀な計画は現実にできなかった。

「やっぱり、従姉妹ってことで遠慮無く言えちゃったのもあったよねぇ」

「本当に、今回はお仕事って感じじゃなくて、やっていて楽しかったですよ。こんなこと出来るんだって。みんなのアイディアが凄いなって思って。なんか、一緒になって楽しんじゃったのもちょっと反省だったり」

 そこに、既に西村姓となっている千夏も加わった。本当は茜音と同じチームで仕事をしているから、この沖縄には来られない予定だったのを、せっかくだからと珠実園のみんながカバーしてくれて、今朝の沖縄入りで駆けつけてくれた。

「あれ? 和樹くんは?」

「大丈夫。副園長が連絡つけてくれて、みんなで飲んでますよ」

 パーティーのあと、今回の旅行を許してくれた職場のみんなへのお土産を選んでいたという。

「そっかぁ。千夏ちゃんところも一緒だったらもっと面白かったのになぁ」

「3組合同だって大変だったんだから、美鈴ちゃん可哀相だよ」

「でも、今回担当させてもらえて、本当に楽しかったし、その一員にしてもらえたなんて、光栄です。ほんと茜音さんには声もかけられないと思っていたから」

 このチームでは美鈴が茜音と最後に出会ったメンバーとなる。

 最初は口も聞いてもらえないと思っていた存在が、今では両親以上に相談できる相手になっている。

「茜音はね、本当に強くなったよ。それはあたしたちからも太鼓判押せる。だから、せめて、この五人の間だけでも、茜音を裏切ったりしないで欲しいんだ。久しぶりに会ったけど、なんてのかな、安心感があったなぁ。リーダーが戻ってきたってそんな感じ?」

「菜都実、言い過ぎだよぉ」

 この中でリーダーと言ってもそれは形だけで、その場の事態に一番得意なメンバーが対応するのは高校時代から変わらないし、それは自分たちが一番大切にしてきた感性だから。




 いざ、何かをしようとしても自分たちではどうにもならないとき、茜音に話すと不思議と事態が動き出す。

「そうだなぁ。みんな、普段はそれぞれ暮らしていても、いざとなったら集まれるのって大事だよね。千夏ちゃんは、学生時代からやってるから、もう大丈夫か?」

 千夏はその影響を最初に知った人物。茜音との出会いで人生を大きく変えた。

「もう佳織さん、イヤですよぉ、恥ずかしい……。でも、あのとき、みんなに助けてもらったから、今の和樹と私がいるのは間違いないし。あの頃と結局変わらないですね。そういう意味だと菜都実さんが一番大変そう」

 大丈夫とみんなが笑って、菜都実の横須賀への里帰りの話をする。

「今度のお店の名前はどうするの?」

 先のマスターの話では、店名の『ウィンディ』までも変更するとのこと。そこまでして世代交代を決めているのだと。

「まだこれだ~ってのがなくてさ。でも、みんなが集まって安心できるような空間にしたいなって名前負けしないようにって思うとなかなかねぇ」

 それが固まると、『ウィンディ』を改装閉店し、準備を始めるそうだ。

「今度は、誰が一番先にママさんになるかだねぇ」

「うちらがみんな同い年なんだし、子どももそうだったりして……」

「それは……、冗談になってないよ菜都実?」

 さすがにそこまで強要するつもりは無いけれど、今日で一段落したこともあり、可能性が無いわけではなさそうだとひとしきり笑う。

「おーい、いつまでやってんだぁ?」

「だめっすよ和樹さん、女性陣は話し出したら止まらないんだから」

 プールサイドに賑やかな声がした。

「はいはい。じゃあ、お開きにしましょう」

 茜音と美鈴でみんなを見送り、健がやってくる。

「美鈴さん、本当に茜音たちが無茶を言ってすみませんでした」

「そんなことないですよ。本当に皆さん、楽しい方ばかりで。お二人は本当に苦労されましたけど、きっとそんなことも忘れちゃうくらいに幸せになれますよ。私も負けないように頑張ります」

「美鈴ちゃんはいつまで沖縄にいるの?」

 宮古島に帰る菜都実と職場に復帰する千夏は明日の朝、佳織と茜音の組はお昼頃の便でそれぞれ羽田に戻る。

「明日、今日の片づけとドレスの発送を済ませてからになるので、夕方になっちゃうかな。明後日はまた打ち合わせの予約入ってるから」

「忙しいんだぁ」

「また、遊んだり相談に乗ってくださいね」

「もちろんだよぉ。じゃぁお休みなさい」

 荷物を預けてあるチャペルに向かう美鈴を見送り、健と二人で庭のベンチに座って空を見上げる。

「ねぇ、健ちゃん……。茜音ね、幸せになれた。健ちゃんとみんなのおかげで。わたし、これから、みんなに少しずつ恩返ししていきたいって思ってるの」

「みんな、茜音ちゃんが元気で笑っていてくれればいいって言ってるよ。それがみんなへの恩返しになるんじゃないかな」

「うん。次は赤ちゃんだね」

 ウィーンで、健と結ばれることが決まった夜に身体を一つにしたが、天使は降りてこなかった。

 残念だと思いつつも、内心ではほっとしている自分もいた当時。

 婦人検診をこっそり受けた茜音は、そこで医者に言われたという。

『ただ産みたいと思う気持ちだけでなく、体も心も環境も、お母さんになれる準備が全部できて、また嬉しい報告と一緒に来られるのを待ってますよ』と。

「そっか。僕に父親が務まるのかな」

「大丈夫。健ちゃんはもうみんなのお父さんだもん。それに、わたしを引き取って育ててくれたんだもん。へっちゃらだよ」

 何もわからず怯えていた20年前のあの日、初めて声をかけてくれ、当時から自分を守る決心をしてくれた彼を茜音は忘れていない。

 健が好きだと言ってくれたダークブラウンの瞳で彼に目を閉じるように促す。

「ずっとね、ついていくよ……。それが、わたしの健ちゃんへの恩返しだから……」

 最後の方は囁きになりながら、茜音は彼の胸元に顔を沈めて頷いた。

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