夕焼けの差し込む教室。

 依頼人が発した捜索人の名前を聞くまでもない。茜音は隣に崩れるように彼女に抱きついた。声を上げて彼女の腕に抱かれて泣いた。

『その子の名前は……、佐々木 茜音といいます』

 もちろん、彼女はこのことを分かっていたうえで、この珠実園を訪れてくれたのだ。



「よく、ここまで大きく立派になったのね、茜音さん」

「はぃ……。おばあちゃん……」

 茜音が生まれて初めて、その単語を使ってその人を呼ぶことを許された瞬間。

「よく、ここが分かったんですね」

「探しました。あのテレビを見てすぐに分かりましたよ。でも場所が分からなくて、いろんな人に聞いて、ようやく見つけられました。外からあなたを見たときに、こちらも泣きたくなりましたよ。本当に苦労させてしまった」

「大丈夫です。いっぱい、いっぱい、いろんなことあったけど、頑張ったよ。元気だよ」

 さっきとは逆に、茜音はこれまでの半生を語る番だった。

 予想のとおり、事故の後は誰の引き取り手も現れず、児童福祉施設に預けられたこと。

 その施設が閉鎖されることになって、駆け落ち事件を起こしたこと。

 現在の家に引き取られて今の姓を名乗っていること。

 今の施設には、幼い頃に一緒に駆け落ちをした男の子が成長して、副園長を務めているということ。

 将来、時期が来たら二人で結婚をして家庭を持つという夢を共有していること……。

「まぁまぁ。茜音さんも成実と同じくお転婆さんね。でも、そこまで一緒にいると決められている男の子が見つかっているなら、お婆ちゃんも安心した」

 鞄から大切に封筒に入っているものを取り出して見せてくれた。

 一枚の写真付きのはがきは20年前の年賀状。一度は破かれてしまったのだろう。テープでそれは補修されていた。

 どうやら茜音のお宮参りとお食い初めの時の写真のようだ。差出人を見ると、佐々木秀一郎・成実・茜音(長女・3か月)と書いてある。当時、写真を2枚使った年賀状は珍しかったに違いない。

「茜音さんが産まれた年のものでしょう。幸せそうな家族写真でホッとしました。あなたが産まれたこと、本当は一緒に祝ってあげたかった。おじいさんは茜音さんの名前と姿をこれしか知らないから、こんなに立派になったことを知れば驚くでしょう。でも、私たちは本当にひどいことをしてしまった。謝っても謝り切れるものではないわ」

「ううん。大丈夫。パパもママも優しかった。だから、頑張れたんだよ」

 二人とも仕事中であることも忘れ、頭を撫でられた茜音は無邪気に甘えていた。

 個人的にと今の住所を交換し、すっかり暗くなった玄関から見送る。

「あの……」

「どうしたの?」

「今度、おじいちゃんに会いに行ってもいいですか? ママの写真も持って行きます」

「もちろん。是非いらしてください。お爺さんも喜びます」

「うん。気をつけて帰ってくださいね」

 彼女の姿が見えなくなったあとも、茜音は玄関先で手を振っていた。