両親と佳織を先に返し、健と二人でアイスティーに口を付けたときだった。
「あの……、すみません……」
見上げたところにあった顔に、茜音は表情をこわばらせた。
さっき、あれだけ拒絶した佐々木家の一行で、一番隅に座っていた女性。本当ならば従姉妹と呼べる存在の彼女だった。
「両親と弟は先に帰しました。私一人です……」
その表情は、先ほど感情をむき出しにした茜音に怯えているようにも見えた。
「どうして……」
とにかく、立っていても始まらないので、空いている席に座ってもらう。
「本当に、今日は申し訳ありませんでした。あんなことをするべきではないと何度も言ったのに、聞いてはもらえませんでした」
「えぇ?」
意外な展開に二人は面食らった。ここまでの話では佐々木家の全員が茜音を取り戻しにきているように聞こえていたのだが、少なくとも彼女はそうでなかったことになる。
美鈴と彼女は名乗った。少し年上に見えたけれど、それは身長があるだけの話で、茜音よりも半年違いの同学年と判明した。
「片岡さんのことは、本当に先日のテレビで知ったんです。凄いなって素直に思いました。私もそんなふうに強くなりたいって」
美鈴はぽつりぽつりと話し始めた。茜音が見つかったことで、彼女の母親が今度こそ弟の遺した物が手にはいると話しているのを聞いてしまった。
「その話をこっそり聞いてしまって、本当に恐ろしくなりました。なんて酷いことを考えてるんだろうと。あんなに一生懸命に頑張っているのに。同時に嬉しくなったんです。そんなすごい尊敬しちゃう人が従姉妹だって分かったんです」
当初は美鈴も親戚として接触をするのは難しいと考えていた。恐らく茜音は自分たち一族を恨んでいるに違いない。
「きっとお話しすら出来ないだろうと。だから、私が佐々木家を飛び出してからにしようと思っていました」
「どういう……こと?」
「片岡さんにもご婚約された方がいらっしゃるように、私も将来を誓った方がいます。でも、それは両親には内緒です」
「え?」
ここまで来ると、茜音の興味は別なところに移った。この美鈴は、家の中で苦労してきたのではないかと。
さっきの短時間でも感じることができた。美鈴の母はかなりの強気の持ち主でもある。きっと秀一郎という人材を失ったため、当時の彼女に音楽一族の将来を委ねたのだろう。
「私も音楽は好きです。でも、私のそれは人に安らぎや希望を与えるためです。お金のためではありません。それもあって、私は音楽家としては進んでいません」
そうなると、彼女の立場は微妙になる。それを良しとしてくれる家庭環境ならばいい。きっとそうではないだろう。
「私は家族の中でも変わり者扱いです。そこに、一般男性を好きになったと言ったところで、許してもらえることはないと思います」
そこで、勘当されることを覚悟の上で、家を飛び出す準備をしていると。
「苦労してしまいますね、わたしたちどちらも」
美鈴は顔を上げた。正面に座っている茜音、その瞳に自分が映っている。そして、彼女の顔が笑った。
「片岡さん……」
「茜音でいいんです。美鈴さん。本当に、こんな従姉妹がいるなら、もっと早く知っていればよかった」
きっと、いろいろ問題は起きてしまうかも知れないけれど、最後は美鈴の意志の強さだ。
「どんなに好きでも嫌いでも、親子なんですよ。だから、話してみるのが最初の一歩だと思います」
「強いなぁ、茜音さん」
茜音はスマートフォンを取りだした。
「連絡先渡します。一緒にがんばろう。応援する」
「ありがとう、茜音さん」
最後、二人は固い握手を交わした。