予想どおりの証言を引き出し、父親は怒りに声を震わせた。

「なんてことを……。私たちは茜音の養育費をもらったことは一切ない。私たちの娘は自分たちで養育するのが当たり前の話だ。不動産を含めたすべての相続財産は、相続税も我々で負担し、茜音に返してある。これらの使い方は茜音が自分で決めることだ」

 そこで一息ついた。

「しかし、これも私たちの大人の話であることには間違いない。佐々木家の皆さんの元に戻るというのも選択のひとつだ。最後は茜音の判断を尊重する。私たちはそれをサポートするだけだ。茜音、あとは自分で決めなさい」

 茜音の肩を大きな手が優しくたたく。あとはおまえに任せる。いつもの仕草だった。

「茜音さんは、どうされます? みんな戻ってくるのを待っていますが」

「…………。いいえ。わたしは……、帰りません。帰れるはずがないんです」

 長い沈黙の後、茜音は口を開いた。

「わたしは……、佐々木家の皆さんから見たら、いらない子です。本当は産まれてはいけなかった存在です……」

「茜音……」

 母親が口元を押さえた。

「わたしが産まれたとき、誰も、わたしの両親以外に誰も祝福してくれた親族はいなかったそうです。わたしの妊娠が分かって結婚したとき、みんな、パパとママが最初からいなかったことにした。わたしは存在しちゃいけなかった。産まれちゃいけなかった! だから、あの事故で死んじゃえばよかった……」

 あの日記を読んでしまった日、茜音は自分の出生とこれまでの人生についてすべてを知ってしまった。

「そんなわたしに、帰るお家をつくってくれたのが、お父さんとお母さんです。わたしは片岡茜音です。そして、佐々木秀一郎と成実の一人娘です。それより他にわたしの親戚はいません。もう、これまでと同じく、わたしのことは知らずに、見知らぬ他人としてください。もう、いやだよ……。これ以上……もう……パパとママをいじめないでぇ……」

 泣きじゃくる茜音を健と佳織が抱きしめる。言葉を出したくても、もう出てこない。

 これ以上は茜音を壊してしまう。限界だった。

「これが茜音の答えです。今日はお引き取りください。また、手続きを強行されるのであれば、私たちもすでに弁護士さんにはお話しをしてあります」

 一行はそれ以上続けようとはせず、部屋を出ていった。

「よく、頑張ったな」

 みんな同じだ。辛かったに違いない。

 あの答えを出したことで、本当に退路を断つことになる。それが正解なのかは誰も答えることなど出来ないけれど、茜音が自分の意思をハッキリと告げた。それで十分だ。

「お父さん、今日はありがとう。あれで頑張れたよ。佳織も、お仕事で忙しいのにありがとう」

 健が付き添い、ロビーの喫茶室で落ち着かせて帰ることにする。こんな赤い目では電車にも乗れないから……。