その実力は嘘をつかない。秀一郎や楽団のメンバーの耳に狂いはなかった。

 十分な練習時間と環境を与えられた成実の腕はこれまでにも増して上達していった。

 2年後の定期コンサートでは、ピアノのメインも務め、コンクールでもトップレベルのピアニストとしての賞も総なめに獲るほどに成長した。

「成実さん……」

「えぇ……。でも、まわりは許してくれませんよ。私はお仕事の間だけでも秀一郎さんと一緒にいられるだけで十分幸せです」

 成実だって自分の気持ちくらい、彼に言われなくても分かっていた。

 仕事の時間以外にも、ずっと二人でいたい。

 しかし、そこには二人だけでは解決できないハードルがいくつもあった。

 佐々木家は昔からの音楽一家だから、秀一郎の伴侶についてもそれに相応しいと思われる人選をしてくるだろう。そうなれば、近所に住んでいた一生徒との結婚など許してもらえるわけがない。

 一方の深谷家でも、成実がこのまま音楽家として食べていけるのか。今からでも会社に就職させて、自分たちの家に相応しい相手を選んだ方がいいのではないかという声が大きかった。

「でも、僕は成実さんを諦めたくありません」

「私だって、秀一郎さんと一緒にいたいです。ずっと一緒に……」

 そこで、二人は楽団のメンバーを集めて画策をした。

 楽団を通じて、海外に修行に出るという口実を作り上げた。

 それは両家にも内緒にされており、発表されたのは出発の三日前だった。

「……飛び出してきちゃいました」

「うちも。怒鳴られて楽器だけ持って出てきたよ……」

 空港で無事に落ち合えた二人は笑った。もう、きっと家には帰ることはない。

 戻るところがない二人は、音楽の都であるウィーンに渡り猛特訓に明け暮れた。平日は朝から晩まで練習に費やし、休日は二人でオペラやコンサートを観て過ごす。

 もともと素質のあった二人だ。こちらの楽団でも頭角をあらわすまで長い時間はかからなかった。

 その名前が徐々に日本でも紹介されはじめたのは、二人がそれぞれの家を飛び出してから5年の月日が流れていた。

「楽団の方から、戻って来いって話なんだけど……」

「仕方ないでしょう。ここまで勉強させてもらったんですもの。これからは恩返ししていかなくちゃなりません」

 しかし、二人はその用意をしている中で、不穏な情報をつかんだ。

 佐々木家が成実に絶縁を突きつけるということ。彼らにしてみれば、跡取り息子の人生を狂わせた邪魔な女というわけだろう。手切れ金を払って今後一切近づくなと言うことだ。

「お別れなんかしたくないです。帰る場所もありません」

「当たり前だ。成実と離れてたまるか!」

 普段から一緒のベッドで休む二人。そして、この日、愛し合う二人はひとつの願いをかけて何度も身体を重ねた。


『わたしたちの愛の結晶が天から降りてきますように……』


 1ヶ月後、帰国直前の成実は一通の手紙を書き残し、ウィーンを後にした。