「あかね先生、昨日のテレビに出てたねぇ」
朝、教室の準備をするために食堂の前を通ると、中から声がした。
「あれぇ、みんな見てくれたんだぁ。おはようございます」
中に入ると、もうすぐ食事も終わりの時間で、少しずつ後片付けが始まっている。
「茜音ちゃんて苦労してたんだねぇ」
職員室に入っても、話題はそれで持ちきりだ。茜音の要望どおり、スタジオ入りはなく、代わりに珠実園での収録もあったので、大半のメンバーはどのような内容になるのか興味があったようだ。
「えぇ? でも里見さんとか、未来ちゃんは知っていたはずだけど、言ってなかったの?」
食堂の中で片付けをしていた田中未来に声をかける。
「言えないですよ、姉さんの大事な秘密ですから」
「テレビに出ちゃったくらいなんだから、もう秘密でもなんでもないけどねぇ」
この未来も昨年高校を卒業して、同時に珠実園を卒園しているが、高校時代の成長を認められて、今でも資格の勉強をしながら職員として通いで働いている。
「施設名は出ていなかったけど、知っている人はすぐに分かるだろうし。問い合わせがあるかも知れません。そのときはわたしが直接対応するので知らせてください」
朝のミーティングでそんな話題を振っておいた。茜音が小さい頃に受けた嘲笑などとは、さすがに大人になると変わる。
教室に通う子供たちのお母さんたちからは、そんな境遇からここまで成長してきた茜音への賛辞がほとんどだったし、それが原因で彼女の元を去ってしまうような事態にはならなかった。
「茜音先生も気が楽になりました?」
お昼の時間、子供たちを食べさせた後に支援センターの休憩室で昼食を摂っていた茜音に保健師さんが話しかけてくれた。
「そうですねぇ。正直、今朝は怖かったですよ。でも、みんな受け入れてくれて、ありがたかったです」
「そもそも、胸を張って生きていけるはずなのに。なんでそうなっちゃうのかしらね」
「あまりにもこれまでと違うから、拍子抜けしちゃって。珠実園の子どもたちへのメッセージってところでしょうか」
そう。これまで謎とも言われていた茜音の半生を公表した最大の理由がこれだ。
「大丈夫。みんな分かってるわよ」
「だといいなぁ」
午前中とは違い、午後はスケジュールも比較的余裕がある。
園庭で遊ぶ子どもたちを見ながら遊具の片づけと点検をしていたときだった。
胸ポケットに入れていた業務用の携帯が鳴った。
「はぃ、片岡です。あ、健ちゃ……じゃなかった、副園長。どうしました?」
業務中なので仕方ない。プライベートゾーンになる住居棟では、家族として子どもたちと接することも多いから、この切り替えには気を使う。
「えぇ? そんなことって……。分かったよ。あとで園長室に行くね」
通話を切って、元通りにポケットに入れた後、茜音はため息をついて夕焼け空を仰いだ。