「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「気をつけてね。保紀くんによろしく」
新年の空気も消えた早朝、帰省ラッシュもなく落ち着いた羽田空港には、いつもの三人のうち菜都実だけがキャリーケースを引いていた。
「ちゃんと保紀くんには連絡してあるの?」
「うん、でも空港じゃなくて家で待っていてもらうことにした。二人で決めたんだ。あたしが、もう一回、やすに会いに行くところからにしようって。前に一人で行ったときにはそれが出来なかったからさ」
今回は、菜都実と保紀がもう一度自分たちの進路を決めてくる。そのために一人での旅路だ。
「そっか。でも、戻ってくるんでしょ?」
「うん、今回はすぐに戻るよ。学校をちゃんと卒業することが、あたしたちがみんなにした約束だし」
勤め先はともかく、春から越してくるための街をもう一度案内してもらうと同時に、不動産屋を回り部屋を大まかに決めてくるのが今回の主な目的で、部屋だけでなく現地で必要なものもある程度目星をつけてくるとのこと。
横須賀では容易に手には入るものも、沖縄本島ならまだしも離島になると入手しにくいものもある。それらを洗い出してくるのも大切な調査だ。
「帰ってきたら、ちゃんと報告してよね?」
「うん。……茜音、ちょっといい?」
「うん?」
一歩前に出た茜音を菜都実はぎゅっと抱きしめた。
「茜音、あんたのおかげ。何度お礼言えばいいか分からない……。頑張ってくる」
「ここまできたんだもん、自信を持ってやればいいんだよ。気を付けて行ってらっしゃい」
久しぶりの一人でのフライト。指先にはまだ茜音の涙の感触が残っている。
いつか彼女が言っていた。『本当の親友に出会えた』と。
「まったく、それはこっちのセリフだっての……」
昨年はそんな仲間たちを入れ四人で降り立った宮古空港にも、今回は久しぶりの一人。数ヶ月後には今度は暮らすために訪れることになる。
路線バスに揺られて、何度目かの市街地に入り、小さな看板だけのバス停で、宮古島の青い空を見上げた。
「さて、行きますか……」
数年前、このバス停は見覚えがある。一人で原付バイクを借りて島を走った。あの時はこの先にどうしても進めなかったことを思い出す。
「菜都実」
「やす……。家で待っててって言ったのに?」
「ここまで来たら家と変わらないだろ?」
「うん。でも、追い返されちゃうかも知れないんだよ?」
保紀が笑いながら菜都実の荷物を取り上げた。
「もし菜都実を追い返すなら、俺も家を出る。そのくらいの覚悟はしたさ。行こう。みんな待ってる」
「うん」
彼の差し出した手を菜都実は握り返した。