「茜音さん、厨房をお手伝いして欲しいってリクエストが来ているけど、行けます?」
別の作業をしていた先生が後ろから声をかけてくる。
「はい、分かりました。それじゃぁ、わたしお手伝いしてくるよ。ちゃんと終わらせるんだよ」
宿題をやっている子供たちはそのままに、茜音は調理場へ入る。
「あら、茜音ちゃん手伝ってくれるの?」
「はい」
「服汚さないようにね。昔からお洒落だったもんね、茜音ちゃんは」
「ほえぇ?」
調理場にいたのは、自分よりもう少し歳上の女性だ。
だが、よく見るとどこかで見たことがあるような気がした。
茜音の服装を告げてくることでも、自分のことを知っているのだと。
「……あれ、もう忘れちゃったの? まぁしゃぁないか。10年だもんね」
その口調に茜音もようやく気づく。
「あぁー、里見お姉さん! どうしてここに?」
里見は茜音たちが最初に連れてこられ、あの騒ぎを起こした『ときわ園』で面倒を見てくれたお姉さん役だった。
あの時は、各自バラバラになってしまったので、誰がどこに行くかは知らされていなかった。
中には複数人数で移されたのもいたはずなので、彼女が健と同じ施設に来ていたとしても不思議ではなかった。
「あたしもね、本当は最初ここじゃなかったんだ。移った先もいろいろあってね。結局また移ってここに来たってわけ。もう18も過ぎちゃったから、今は近くに安い部屋を借りて、すっかり給食のおばさん」
基本的に児童福祉施設にいられるのは18歳か高校卒業までとなっているところが多い。
そのように卒園しても仕事を継続できたということは、在園当時から調理場を任されていたことが予想できた。
「そうなんですか。里見お姉さん、あのころから料理上手だったからなぁ。昨日はいませんでしたよね」
「あ、そうそう。昨日はちょっと用事あって出かけてたのよ。でも、茜音ちゃんが来たっていうのは知ってたから」
旧知の人物がいてくれたことで、他愛もないことを話しながら、昼食の用意が終わった。
「健ちゃん~、里見さんのこと黙ってたのぉ?」
様子を見に来た健をジト目で見る茜音。
「あ、そっか。紹介してなかったっけ……」
「もうぅ、いるって分かっていればもっとなんか違うこと出来たかもしれないのにぃ」
「まぁまぁ、健君にも悪気があってのことじゃないと思うけどね。ただし、罰として今日のおやつは抜きね」
里見が意味ありげに茜音と笑ったので、健は不安になる。
「今日のおやつって何?」
「せっかく作ってきてくれたのに残念ねぇ。茜音ちゃんお手製のミートパイ」
「え? マジで?」
心底悔しそうな顔をしたので、茜音も笑った。
「ほらぁ、午後って遊びに行っちゃう子もいるみたいだから、パイは人数分ないんだよぉ。クッキーはたくさんあるからあげる。どうしても食べたかったら……、う~んどうしようかなぁ」
考えている間に、いつの間にか全員が食卓に集まってくる。
「兄さん~、午後は予定あいてる??」
そこにバタバタと走り込んでくる未来。やはり腕をつかんで親しそうに聞いている。
「う、うん……。空いてるけど……」
「じゃ、ちょっと付き合ってよ!」
その場の雰囲気で押し切られたように、二人は約束してしまった。
「あうぅ……」
「茜音ちゃん……」
その様子を見ていた二人。里見は茜音の様子に納得がいった様子だ。
「あ、大丈夫だよぉ。平気平気!」
今は仕事中。茜音はそう答えることしかできなかった。