「茜音、知ってる? その席は人気なんだからね?」

「えぇ?」

 この席は、茜音たち三人が旅先や行程を考えるときにいつも使っている場所で、そこに座る席順もいつの間にか固定されてしまっていた。

 あの当時から櫻峰高校の生徒たちも時々顔を見せる店でもあったから、いつの間にかその情報は流れていたに違いない。

「恋愛成就の願かけなんだって。あの茜音のストーリーにあやかって。うちの学校の生徒もよく来てるよ」

「えー? なんでまだ来てるの?」

「だって、あの時の1年はまだ3年生で残ってるんだから」

「それに、茜音は伝説のヒロインでしょ?」

「そんなことないのになぁ」

 本人にはその気がなくても、学校中に知れ渡る話題を提供したのは事実だ。

「でも、あれは茜音が本当に頑張ったからだもん。それは胸を張っていいことだと思うけどね」

「ついでだから、知ってる? 櫻峰の女子の制服、着崩す人が少なくなったの?」

「なにそれ? まさかそれも?」

 さすが、ここで後輩たちを迎えている菜都実だから気づいたのかもしれない。

「そうみたい。やっぱり茜音の名前って、櫻峰にずっと残り続けると思うよ?」

「えぇ-、それも嬉しいのか悲しいのか微妙だなぁ」

 そんな話になってしまうほど、全力で駆け抜けた時代だから、思い出が一際大きいことは間違いない。

「ねぇ、茜音。ひとつ聞きたかったことがあったんだけどいい?」

「うん?」

「茜音は楽しかったのかなぁ? なんか、私たち周りが楽しんじゃって、悪いこともたくさんしちゃったかとも、今になってみれば反省ばかりなんだけどね」

 それは佳織がいつか聞こうと思っていたことだった。

 親友の異変に気付いたのは、茜音自身が思い出の場所を探す旅の後半。時折辛そうな表情を誰にも気付かれないように見せていたことだった。

 彼女自身はそれには一言も触れなかったし、当時は最後の追い込みの探索に入っていたことで、若さがあるとはいえ肉体的にも厳しい日程があった。

 また精神的にもかなり追い詰められていたことからも、佳織は自らそのスケジュールを考えながら、これ以上詰めこむことが本当にいいのかを考えていた。

 もしかしたら、茜音は彼との再会を望んでいないのではないか。高校生になって現実的に見つめ直したとき、幼い二人が交わした約束は本当に無謀な話だ。その後もたくさんの苦労を重ねて、ようやく軌道に乗った今の暮らしに追い打ちをかけることはしたくないと思うのは当然の話だと思う。

 その心配が現実味を帯びたのは、最後に茜音を一人送り出した旅の途中で彼女から連絡を絶ったこと。

 翌日には確かな情報を持って帰ってきたことから胸をなで下ろすも、その後に憔悴していく変化は本当に予想外だったし、置き手紙を残し自分たちを振り切って出発した親友の心中を考えると、もっと自然な環境を整えてやるべきだったと反省していた。

「うん、大変だったし、辛かったこともたくさんあったけど、楽しかったよ。いろんな友達も出来たし。二人には本当に感謝してるから。佳織が責めたりしなくても大丈夫」

 結果的には、もしそこでの再会が果たせなかったとしても、その後の課外活動で強制的に会うことにはなったのだろうと笑う。


「本当に、二人のおかげで楽しい高校生活だったよ。でも、そのことで今の楽しみを見逃しているんだとしたら、もったいないことなんだよね」

「そうだねぇ。高校時代が楽しかったじゃなくて、高校時代も楽しかったって言えなきゃいけないんだよね、きっと。茜音も大人になったねぇ」

「菜都実がそれを教えてくれたんだよ」

 最大のきっかけになったのは、菜都実を連れての沖縄旅行だった。あの旅は本当に一か八かの賭けだった。内容的には茜音自身より深い傷を負っている菜都実にさらにダメージを与えてしまう可能性もあった。

 それでも、菜都実と保紀は見事に乗り越えた。それどころか、数年のブランクと過去を全て受け入れて、二人で前を向くことを決心している。