「そっかぁ、じゃぁ茜音は就活終わり?」
夜、高校時代から続けているアルバイト先である、喫茶店・ウィンディのカウンター越しに、上村菜都実は厨房の中から声を上げた。
「そうなるかなぁ……。なんか就活したって気分はないんだけどねぇ」
「でも、茜音には一番いい就職先じゃない? お仕事大変かもしれないけど」
テーブルから使用済みの食器を下げてきて、隣に並んだのは近藤佳織だ。
もともと、このウィンディは菜都実の家でもある。茜音が健との約束を果たすための旅費を稼ぐという名目で始めたアルバイト。その役目を終えた後も、こうして元クラスメイト三人での仕事は続けていた。
それぞれ通う学校も違うし、全員が揃うことも徐々に難しくはなっているけれど、茜音も佳織も居心地のいい仕事先なので、ふらりとシフト時間以外に立ち寄ることも多い。
本来は菜都実の父親がマスターなのだが、菜都実が専門学校で調理師免許をとったこともあり、修行と称して最近は娘に厨房を任せることも多くなった。
「受け入れる方も、全部分かりきっているもんね。それに他でもない茜音だもん、珠実園だって文句なく欲しいよね」
この三人の中では、次の春に茜音と菜都実がそれぞれ卒業をする。佳織は四年制大学なので進路決定にはもう少し時間がかかる。
菜都実にいたっては、実家を継ぐか、既に婚約状態にある秋田保紀の家の店を継ぐかの実質二択になっている。それに比べれば茜音の決定はそれほど遅いわけではなかった。
「なんか、久しぶりだよね。こうやって三人揃っての後片付けって」
土曜日の営業時間を終え、ウィンディの後片付け時間となり看板の照明を消した。
菜都実がレジの計算、佳織が厨房、茜音がフロアの掃除を担当するのも、いつの間にか決まっている。
「そうだね。みんな最近忙しくて時間合わなかったからなぁ」
「バイト出来なくなっても、たまには顔出してよね」
勤め先によっては副業を禁ずるところもあるので、菜都実の言うことにも一理ある。
「なんか、それも寂しいね。ここは残って欲しいなぁ……。私たちの青春だもんね。茜音を初めて連れてきたの、本当につい最近のように覚えてる」
「うん、あたしもそれがあるから、決められない。次の休みに、その辺を相談しようってやすと決めてる。みんな結婚して家族ができても、集まれる場所を残しておくことが、あたしの役目なのかなって思うんだよね」
高校を卒業するときに、ウィンディの常連からも三人娘の去就は話題になっていた。そんな声がなくても、ここを去るのは忍びない。
でもいつまでもいられるわけではない。そんなジレンマを抱えながら続けては来たのだけど。
「菜都実にはわたしたちから無理をお願いすることは出来ないよ。菜都実が一番幸せになれることでいいんだと思うよ。みんなで沖縄に遊びに行けばいいんだし」
「そらそうなんだろうけど、あたしもそれで割り切れるかが微妙なところでさぁ」
レジの整理が終わって、テーブルに戻ってきた菜都実。
「なんか、しんみりしちゃうね」
「本当は良いことばっかりなのにねぇ。こんなんじゃいけないって分かってるんだけどね。なんか、高校卒業のときも、こうやって夜通しやった気がする」
そう。出来事としてはみんな前に進んでいる。卒業、就職も結婚もみんなおめでたい話なのに。
「きっと、いい高校時代だったんだよ。わたし、この先何があっても忘れることは無い1年だったと思う」
「高校時代かぁ、もう2年も前のことかぁ……」
掃除用具を片づけた茜音も、いつものテーブル席についた。