話に乗って一緒に抜け出した茜音だけでなく、その話を計画した健もばつが悪そうに苦笑いだ。

「ははは。あの時のメンバーもほとんどが社会に出ている。ときどき会うけれどみんな頑張っているよ。口を揃えたかのように君たち二人が気になるようでな。動きがあるときは教えてくれと言われている」

「そうでしたね」

 昨年のクリスマス、健と当時のメンバーは同窓会を開いていた。健の計画で、茜音との再会を事前報告にせず、当日のサプライズに持っていったことで、『お騒がせな二人』がまた『何かをやってくれそう』だとの期待もある。

「健君も苦労をかけたが、無事に高校も卒業したし、茜音ちゃんもそうだ。本当に二人は頑張ったと思う。そこでだ……」

 園長先生は、後ろの書棚から資料を取り出した。

「この珠実園だが、来年度から拡張移転されることが決まった」

「えっ?」

「本当ですか?」

 健は仕事上その話を聞いていたけれど、なぜがブレーキをわざとかけているかのように、なかなか進んでいなかった。

「でも、転校の手続きとか大変じゃないですか?」

 まだ本職ではないが茜音の質問は的を得ている。現在、珠実園に入所している子供たちが二十五人。一人ひとり事情が違うので、転校するとなれば学校の調整も大変だ。

「それは、心配ない。閉館してしまったホテルがあっただろう? あそこの場所を使わせてもらえることになったんだ」

「あの丘の上ですか? うちで使うにしては広すぎますよ?」

「もちろん。なので、地域の支援センターも併設して貰うことにした。それならば、補助金も増えるし運営も少し助かるからな」

「ほえぇ」

 それに伴い、入所児童の増員や、保健所、教育機関との連携もやりやすくなると。

「そこでだ。茜音ちゃんも聞いているかもしれないけれど、健君には、これから、私の後継として頑張ってもらいたいと考えているが、君はそれで構わないかな?」

「もちろんです。これまでいさせてもらった恩返しです」

「うむ。次は茜音ちゃんだ。就職の話は健君から少しずつ聞いていたけれど、これだけ珠実園が大きくなると、茜音ちゃんの負担もそれなりに重くなってしまうかもしれない。もちろん少しずつ増やしていくつもりではあるけれど、安定していてくれる先生が一人いてくれるとかなり違う。それでも来てくれるかい?」

「あの、先生……?」

「なんだい?」

「そんな大事なところに、わたしでいいんですか?」

 神妙に聞く茜音に園長先生は笑った。

「これは、君たち二人だからお願いしようとしたんだ。移転の要請はずっと市の方から来ていてね。まだスタッフが揃わないからと保留していたんだよ。茜音ちゃん、君はもう十分に先生だ。子どもたちへの接し方も信頼も十分。他の施設でも片岡茜音ちゃんは名前が挙がるほど有名なんだよ? 正直他に引き抜かれやしないかと心配でね。今日面接にしてしまった」

「えー、これ面接ですかぁ?」

 就職先の面接と言えば、履歴書を書いて、筆記試験を突破した後に、スーツ姿で緊張しながら受けると聞いていたのに。今日は普段の手伝いのついでなので、茜音も面接とは程遠い。いつも付けているエプロン姿という、本当に平服どころか仕事着のままだ。

「そう。もちろん最初はいろいろ大変かもしれないが、私もみんなも一緒だ。ときわ時代の仲間も何人か頼んである。それに、健君も一緒だが、どうする?」

「もぉ、先生も、わたしが断らないって分かって言ってますよねぇ?」

「バレちゃ仕方ない。二人とも形だけ履歴書は後で書いておいてくれるか? 市の正式な施設になると、形だけはきちんとしておかないと面倒なんでな」

「先生……、わたし一生懸命頑張ります」

「よし、決まった。最強の大型新人の獲得だ」

 職員室に戻り、春からの二人の処遇が発表されての拍手だった。

「茜音ちゃんが先生かぁ。みんな安心できるよね」

 この珠実園に初めて来てから3年目になる。これまでの実績もあり、彼女の去就は入居者ともども話題にはなっていたからだ。

「園長先生、こんな隠し玉はもうないですからね? 大事にしてあげないと」

 その日は、二人の書類を揃えたり、茜音が希望している部屋の要望などを聞いて仕事は終わりになった。