「一つ伺ってもよろしいですか?」
前日の夜、千尋を最初に連れてきた二人に聞く。
「はい?」
「お二人は、私の話が終わる前に未来を連れてきてくれました。ご存じでおられたのでしょうか?」
顔を見合わせて、苦笑する茜音。健は茜音の肩をたたいた。
「はぃ……。テレビでお見かけしたときから。未来ちゃんにはどこかに音楽の素質がある。そして、同じ声を聞いたんです。未来ちゃんの声と同じだと……。未来ちゃんには黙ってましたけどね」
「さすが、佐々木さんご夫妻のお嬢さん。分かる人にはわかってしまうものね」
ときどき、珠実園の誰もが驚く茜音の読心術。あの歌が発表された当時から、未来が琴線に触れた以上に、茜音の耳の分析はもしかしたらという展開は常に彼女の中にあったという。
「未来、また来ます。それに、いつでも遊びに来て構わないからね」
駅の改札で見送るとき、未来はぎゅっと千尋に抱きついた。
「うん。私、頑張るよ。お母さんも、お仕事頑張って」
浮かんだ涙を拭い、笑顔で頷いた。
四人で駅からの帰り道、翔太は未来の手を引っ張った。
「お母さん、見つかってよかったな」
「うん。まだまだ、私たちが親子ってなれる時間はかかると思うけど。翔太くんに心配をかける不安の一つはなくなったかな」
「いいのか? あんなこと言っちゃって?」
「えー? 婚姻届のこと? だって、茜音姉さんとか、もうそう言う話してるもん。私だって負けられない」
「えー、わたしたちぃ? そうだねぇ、でもわたしたちはいつになるかまだ見えてないんだぁ」
「どっちか早いか、姉さんのところと競争だね」
屈託無く笑う未来に茜音は苦笑した。それは、茜音自身も健との未来を考えているが、その進路のための準備にはいろいろな問題もあり、一直線に突き進めるわけではないことも分かってきていたから。この二人が苦労していることも、未来自身も分かっているからの発言に違いないのだが。
「一応、爺さんにも、他の家族にも未来の家族が分かったってことは話してあるからさ、報告にはちゃんと行くけどいいよな?」
「うん。そうだね」
昨夜、翔太に連絡をしたときに、やはり未来のパーソナルデータが根底から変わる事件に不安もあった。
しかし、夜中にも関わらずそれを聞いた翔太は、嬉しい大ニュースだと歓迎してくれたし、その後に発生するであろう問題も一緒に考えてくれると約束してくれた。
珠実園に一度戻った後、今度は翔太との外出のために飛び出していった未来。
「ねぇ健ちゃん。去年の沖縄で言ったこと覚えてる? 未来ちゃんはもう大丈夫だっていってくれたの。このこと分かってたの?」
二人を見送った茜音が、珠実園の片付けをしながら健をつつく。
「本当に行くか分からなかったけど、そうでなきゃいけないと思ってたしね。まさか翔太くんがあんな素性とは知らなかったけど。未来ちゃんはちゃんと自分で歩き出せたから大丈夫。今年はみんなにもお世話になっちゃったからね」
健は茜音の手を握った。
「僕たちも、遅くはないよね」
「うん。もちろん。でもぉ、今日は普段着だけど、でもいっかぁ……」
「茜音ちゃんがおめかしすると、僕も大変だから、今日はそのままで。よし、少し買い出しついでに出ようか……」
健は壁に掛けてあったコートを取って茜音に渡した。