珠実園では、夕食後の後片付けを行っていた。
「茜音ちゃん、そろそろ駅まで送っていこうか」
土曜日のこの後は予定もない。高校時代からの手伝いで入ってくれている茜音を送る時間になった。
「先生、門のところに誰かいるよ?」
「え? ありがとう。行ってみるよ」
帰り支度と外出の用意をしていた二人が門に近づいた。
「なにかご用ですか?」
「えぇ? 本当に……?」
健が声をかけて、顔を上げた人物を見て茜音の動きが止まる。
「あの……、園長先生はいらっしゃいますか?」
「はい。寒いでしょう。とにかく中へどうぞ」
二人はそれ以上詳しい内容を聞くことはせず、彼女を応接室に通した。
「夜分遅くに、本当に申し訳ありません」
彼女、今井千尋は深々と頭を下げた。
「どうされました。貴女ほどの有名な方が、こんな時間にこのような場所ににいらっしゃるなど?」
園長はいつもと変わらない、落ち着いた調子で座った。
「私は……、あの子に謝罪しなければならないのです……」
「ほぉ……。うちの子どもたちと何かありましたか」
珠実園で暮らしている子たちの入所理由は様々だ。相手が話してくるまで個々の事情を探ろうとはしない。
「もう、17年前のことです。私は取り返しもつかない罪を犯しました。許していただけるとは思っておりません。ですが、一言でも、あの子と皆さんに謝らせていただきたくて……」
「茜音ちゃん。一つお願いがある……」
それまで黙っていた健が小声で隣に立っていた茜音に小声で呼びかける。
「はい?」
そして茜音に耳打ちをしてその依頼を囁いた。
「うん。呼んでくるよ。少し待っていて」
茜音は真剣に頷いてそっと応接室を抜け出した。
「……いつの時代でも、このようなことは残念ながら起きてしまうのですよ。ですが、あなたはきちんとそのことをご自分で償いに来られた。私はその勇気を褒め称えたいと思いますよ」
「園長先生……。ですが、私は皆さんに本当に迷惑をかけてしまいました。私が本来背負うべき時間を皆さんに……」
二人の会話が応接室で続く。
その時、部屋の扉がノックされた。
「園長先生、片岡です」
「はい、どうぞ」
扉が開き、茜音に続いて制服に身を包んだ未来が入ってきた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
部屋に入った未来もこの展開には驚きを隠せなかった。
風呂上がりで落ち着きを取り戻してきたところに、突然茜音がやってきて、正装……つまり制服に着替えて同行してほしいとの依頼だったからだ。
「今日は、あのインストアライブにお越しくださってありがとうございました」
「い、いえ……。なんだか、凄く失礼な事をしてしまったと後で思い出してしまったんですけど……」
茜音が少し下がり、未来を彼女の正面に座らせる。
「未来ちゃん、こちらの今井千尋さんのお話を、少し聞いてみませんか?」
園長に促されて、茜音が全員分のお茶を配り終えて用意が整った。
「は、はい。もちろん。でも、私なんかが聞いてもいいんでしょうか?」
「未来さんとおっしゃるんですね」
「はい。田中未来と言います」
「いいお名前ね……」
千尋は頷いて、ゆっくりと口を開いた。