未来がずっと気になっていた『あの日の青空』。
もちろん、いろんな人に共感される楽曲や歌詞は他にもたくさんあり、応援歌のようなものに涙することもこれまでの人生数知れずだ。
ウェブ上で歌詞を見ても、特段何か特別な文字列があるわけでない。
内容としても特別明るい曲ではない。どちらかといえば大切な物をその時の事情で手放してしまった後悔。いつかまた巡り会いたい希望という、普遍的なテーマだ。
最初は、未来も自分の境遇からこのようなテーマについでの感性が鋭いだけかと考えていたものの、どうもそれだけではない気がしてくる。
いつか、ライブでも行けて生で見ることが出来たら、そのヒントが見つけられるのではないかと考えていた。
会場の広場にはもうたくさんの人が待っていて、CDの即売なども行われていた。当日の特典として、先着で握手券も配布されているという。
「ちょっと買ってくる」
何かに引き寄せられるように、彼女はその商品とチケットを手にしていた。
時間になり、彼女が登場した。挨拶の後に数曲を弾き語りで聴かせてくれるのは、これも特別珍しい形ではない。
「皆さんに応援しただいているこの楽曲は、実はこれまで私の中にずっと引っ掛かっていた大切な出来事を書いたものです。歌詞の中ではまたいつか逢えるとありますけれど、それが本当に叶うかは分かりません。でも、そんな事になればいいなという気持ちで書きました。それでは最後です。あの日の青空……聞いてください」
翔太はその時、隣で聞き入っていた未来が固まったのを感じた。
そしてふと気付く。この声だ。
気付いたら振り払うことが出来ない。彼女の声が未来とよく似ている。未来が本気になって練習をすれば、ほぼ聞き分けられないほどになるのではないだろうか。
自分が歌っていなくても、ほぼ自分の声色でこの物語を聞いてしまうことで、感情移入が通常よりも強くなってしまったのだろう。
「未来、大丈夫か?」
「う、うん。ごめん……。大丈夫」
ステージが終わり、未来は握手会の列に並んでいた。
大体、ひと言交わして握手をしていく流れも見慣れた風景である。
「こんにちは。さっき途中で泣いてしまって。応援してます」
「ありがとうございます。あなたにも良いことがありますように」
「はい……」
そんな会話をしながら、お互いの両手を合わせたときだった。
「っ…………?!」
二人の視線が絡み合う。なんなのだろう。顔を合わせた瞬間に、千尋の視線が未来の瞳を通じて一気に流れ込んだ。未来の一番奥底にある、誰にも……、あの茜音ですらまだ辿り着けていない深い記憶の扉。その鍵までを一瞬で開いてしまった。
たった数秒の握手。未来はお礼を言って必死に平静を保って翔太の元に戻る。
「未来、大丈夫?」
「う、うん……。ちょっと疲れちゃった」
「それじゃ、甘い物食べて帰ろうか。送っていくよ」
翔太に手を引かれて会場を出て行く未来を、彼女は見つめていた。
「……あの子だ……。元気だった……」
千尋はぎゅっと目をつぶって、その場に立ち尽くしていた。