「ちょうどいいところに来た。お前もまぁ座りなさい」
「ちょっと、待ってください。お爺さんて、どういうことなんですか?」
ようやく我に返った未来が、なんとか頭をフル回転させつつ、立ったままの翔太に落ち着きを促す。
「どういうことも何も……。この理事長は母方の爺さんだし。それで名前が違うんだ。このことを知ってるのは本当にごく僅かだけど」
「そんな……。私、本当に恥ずかしいことしてたんですね……」
翔太に抱かれたこと、彼に淡い思いを持っていたことは事実だったし、でも、そんな彼が理事長の孫となると話が変わってくる。
とても自分がそんな立場の男の子と交際を許してもらえるわけがない。
「ほら、田中が固まっちゃったじゃないか。ゆっくり話していこうと思ったのに」
「ご、ごめんなさい。結城君がそんな凄い人だなんて全然知らなかったから……。私がいたら迷惑だよ」
「待って田中」
立ち上がろうとした未来の手を翔太は掴んで放さなかった。
「違う。俺は田中のことを守りたいって、家族の前で言ったんだ」
「えっ……?」
「左様。この翔太が初めてそんなことを言い出した。田中未来さんという生徒がいる。聞いてみると奨学生として申し分ない成績を修めていた。何度か授業中に拝見しても、素晴らしい生徒だ。しかし、どこかにご自分を卑下しているところも感じた」
最近、ときどき授業中に感じた視線はそれだったのか。
「はい……。それは私が一生背負う十字架です……」
「田中に両親がいないことは、十分分かってる。でも、田中にはその責任はない。それ以上に田中は頑張っているし、そんなことを気にするのは最初から意味が無いと思ったんだ」
「で、でも……きっと、結城君に迷惑かけちゃうかもしれないんだよ」
ここがどんな場所かなど、もう関係なかった。未来の目元から、涙がこぼれる。
「結城君が、私のことをずっと見てくれていたこと、好きだって言ってくれたこと。本当に泣いてしまうほど嬉しい。でも、私、そんなに幸せになっちゃいけないんだよ……」
「そんなことはないぞ」
それまで二人のやり取りを見ていた理事長が口を開いた。
「誰にだって、幸せになる権利はあるのだよ。たとえ、そのことを自分で認識していなくてもだ。田中さん、翔太はこんなことを言っていても、まだ君と同じ年だ。しかも、きっと人生経験の方は翔太よりも進んでいると思う。我々も、一日も早く翔太を人前に出せるように努力します。それまで孫を待っていてもらえますかな?」
二人とも顔が赤くなっているのが分かる。
「よろしく……、お願いします」
「翔太、ちゃんと彼女を送ってやるんだぞ」
「じゃ、田中は門のところで待っていてくれるか?」
「うん」
「ところで、二人ともまだ苗字で呼び合ってるのか?」
「えっ?」
二人で顔を見合わせて笑う。
「考えたこともなかったな……」
「うん、どうしよう。考えておくね」
未来が部屋を出て行くと、理事長は翔太に向き合った。
「本当にいい娘さんじゃないか。お前にはもったいない」
「ああ見えて、いろんな奴から告白は受けてるんだけど、OKした人は誰もいないんだ。だから、田中と、……未来の気持ちをゆっくり大切にしてやりたいんだ。だから、脅かさないでやってくれ」
「お前も、だいぶ大人になってきたんだなぁ」
部屋から外を見下ろすと、正門のところで、ツインテールの少女が待っている。そこに、翔太が駆け寄って二人は駅の方に歩いていった。