あの夜から数日後、放課後の教室に突然放送が入った。

『2年3組の田中未来さん、職員室まで来てください』

「えっ?」

「未来、なんかやった?」

 クラスメイトと共に、頭の上に『?』が浮かぶ。

「と、とにかく行ってみる。先に帰ってて」

 放課後の校内を走らないギリギリの早歩きで職員室に向かうと、担任の先生はこちらも緊張した顔で待っていた。

「な、何かあったんですか?」

「それを聞きたいのはこっちの方だ。理事長室に連れてきてくれと言われたんだぞ?」

「えっ……」

 先日の一件を思い出す。


 あの時は、周囲に誰もいないという状況だったけれど、公園というオープンな場所で翔太に抱かれてしまった。

 事情を知らない他人からすれば、不純異性交遊と通報されてしまっても不思議ではなかったかもしれない。

 どんな処罰か……。そんなことを考えながら、担任の後ろをついて行く。

 普段はまず通ることのない廊下を抜けて、理事長室と書かれた扉の前に着いた。

 ノックをして中に入る。もちろん初めての部屋だ。

「2年3組の田中未来さんをつれて参りました」

「あぁ、ご苦労さん。あとは大丈夫です。田中さんとこちらでお話しします」

「分かりました。失礼します」

 担任が部屋を出て行き、部屋の中は二人だけになった。



「突然呼び出して申し訳なかったね。どうぞそこにかけてください」

 ソファーに腰を下ろすと、その柔らかさに驚く。あまり深くかけると、後ろに姿勢を崩してしまいそうだったので、手前の方に背筋を伸ばして掛けることにした。

「先日の学園祭はご苦労さまでした。見事な演出でしたね。その指揮をとられたのが田中さんと伺った。聞けば、卒業生の方とコラボレーションをしたと聞きましたが?」

 自分でお茶を持ってきて、未来と自分の前に置いた理事長はのんびりと話を始めた。

「はい。恥ずかしながら私たちだけでは前例を越える目標が達成できないと判断しました。そこで当時のことを一番よくご存知の先輩方に協力をお願いしました」

 隠していても仕方ない。実際に茜音先輩たちに尽力してもらったことは間違いないのだから。

 理事長は特にそこに怒ることもなく、楽しそうに肯いている。

「さすがですね。足りないところは応援をお願いするという発想は、大人になって問題解決をするという手段の中において、非常に大切なことなんですよ。しかも、お願いしたメンバーが傑作でした」

「片岡先輩を覚えてらっしゃるんですか?」

「そうそう、片岡……茜音さんでしたかな。あと上村さん、近藤さんの三人は、この櫻峰で名前が残ると思っていましたが、やはり今でも健在でしたな。特に片岡さんは当時、名前を知らない者はないというレベルまで知名度は抜群でした。一時、周囲からの視線が厳しくなったときに、あの方は当時の生徒会長の力を借りて、ご自分のプライベートを公表し、校内の意見を味方につけることに成功したのです。あんなやり方は並大抵の覚悟では出来ませんよ」

 やはり間違いではなかった。茜音が当時、全校生徒から応援を受けたということ。それが今でも自分たちに伝わる伝説の根源なのだと。

「受験も、制服の着方まで、みんな一つ一つ、茜音先輩に教えてもらいました。奨学生として、恥ずかしくないようにと」

「そうでしたな。そうそう、そっちが本題でした」

 ドキリとする。もしかして、奨学生としてのレベルをどこかで落としてしまっていたか。

「いや、大丈夫大丈夫。いくつか確認したいことがあってね……」

 そこまで言ったとき、理事長室の扉が突然ノックと同時に開いた。

「爺さん頼むよ……。いきなりこんなことしてさぁ」

「えっ……?」

 未来はポカンと入ってきた人物を見つめた。

 そこに入ってきたのは、他ならぬしかめっ面をした翔太だったのだから……。