「未来ちゃん、いらっしゃい」
気がつくと、横に立っていたのは、さっきピアノを弾いていた女性で、いや、女性と言うよりは、自分たちと同い年かそれ以下に見える。
「遅くなってごめんなさい」
「こっちこそ、急にごめんね。夜が使えなくなっちゃって。みんな楽しみで来てくれてたのにって、その場で始めてしまったから。あなたが未来ちゃんのことを見てくれているのね。いつもありがとう」
翔太は頭を整理するだけでいっぱいだった。
片岡茜音先輩と櫻峰高校で言えば、話のレベルでは雲の上の存在だ。
そんな彼女の実態が、こんなに可愛らしい少女の容姿だとは、実際に会ってみないと分からないだろう。
そんな翔太を置いて、未来は早速クラスの話を始めていた。
「ぜひ、力を貸して欲しいんです」
「あー、あの時のねぇ。今年はまだ何をやるか決めてないんでしょ?」
「そうなんですよぉ……」
「ねぇ、茜音、それじゃあの時にやれなかったことやってみたら?」
突然、さらに後ろから声がした。
驚く翔太に未来が上村菜都美と近藤佳織を紹介した。
あの茜音の伝説に登場していた残りの二人。こんなところであの三人が一緒に揃うとは思いもよらなかった。
「えっ? あれぇ? 準備大変だよぉ? まぁ、あの時より時間あるけどね……」
「実行委員会も毎年大変ねぇ。たまたまあの年は茜音がいたからできたようなもんでしょ?」
「あたしたちも手伝うから、やってみても面白いんじゃないかな?」
未来と翔太がぽかんとしている間に、三人はルーズリーフにアイディアを書き並べていった。
「あ、あのぉ……?」
「昔ね、うちのクラスでやったときには、作品を限定するってルールがあってね。それがなければ、やってみたいことがあってねぇ」
茜音は二人に説明した。
当時のルールで、いろいろな物語をモチーフにしても構わないが、複数のテーマを混ぜることが出来なかった。
そんな中で、クラス担当が持ってきたのが『不思議の国のアリス』だった。
それを見事に再現したのがこの三人で、今年のルールにその項目がなかったことで、当時できなかったことをやってみたいという。
「星空カフェをやってみたいなって思ってね」
一応事前に話をしておいた未来も驚いた。
すでに、茜音たち三人がある程度のコンセプトをまとめておいてくれていた。
「今度の土曜日に学活の時間があって、その時にお話ししてもらってもいいですか?」
二人が茜音たちに頼み込むと、年上とは思えないほど楽しそうに引き受けてくれた。
「あの先輩たちを味方につければ、勝てるな」
「もぉ、コンクールもそうだけど、きっと用意大変だよ。私たちだってちゃんと準備しておかないと」
翔太にそんな釘は刺しておいたものの、未来の中でもようやく最初のひと山を超えた印象が残った。