写真の中央で、アリス役のエプロンドレスを着て座っている女生徒は、恐らくここで名前を出せば、教室の女子はみな知っているだろう。

「『あの人たち』って、田中はこの先輩たち知ってるのか?」

 未来はその返事に一瞬窮した。

 もちろん、この中心になった三人はよく知る人物だ。

 しかし、彼女たちとの経緯を話すには、どうしても自分のプライベートを話さなければならない。

「あとで、ちょっと相談するよ」

 なんとかその場を凌いだ放課後。未来は翔太を呼び出した。

「あのね、これから話すこと、内緒にできる?」

「田中……」

 真剣な未来の顔に翔太はゆっくりと首を縦に振った。

「本当はね、知られたくはなかったの。私と姉さんのこと……」

「姉さん?」

「結城君も知ってるよね? この高校にある恋愛の伝説って?」

 男子である翔太も知っている。この高校は時々ドラマの撮影などでも使われるほどの立地と校舎環境から、大小さまざまなストーリーが伝わっている。

 最近で最大級のものは、10年越しの初恋を成就させたという先輩の話だ。

 幼い頃に結んだ約束を守るために、校内での告白などを全て断り続け、難攻不落と呼ばれていた一人の女生徒。

 最終的にはその約束を見事に達成して、櫻峰高校で一番のシンデレラストーリーと呼ばれている。

「カタ……なんとか先輩って言ってたよね」

「うん。片岡茜音先輩。すっごく素敵な人なの。私、負けちゃったけどね」

「そんな、なんでそんなことになって?」

「ううん。それは私が悪いの。私が勝手に先輩の相手の兄さんのこと好きになってたから。でも、兄さんは茜音さんのことをずっと見てたの。最初から相手じゃなかったんだよ」

 ライバル関係になろうと思ってすぐに、未来は茜音に命を賭けさせてしまった。それなのに、あくまで自分を責めなかった茜音と、健の二人の想いの深さを知った。

「結城君、私はね、本当はこの高校に来られるような家じゃない。ううん、家すら無い。その茜音先輩も、辛い思いをたくさんして、たった一つだけ残ったのが、10年越しの初恋だったから。本当は伝説になんかなるはずじゃ無かった。私たちが一日元気でいられるためのおまじないみたいなものだったんだよ」

 翔太にとって、彼女の身の上は初めて聞いた。

 生まれたときから児童福祉施設で育ったこと。来年、高校を卒業すれば、施設を出て独り立ちしなければならないこと。

「だから、私の片思いも、今日でおしまいかな……」

「田中……」

 俯いた未来を抱きしめる。

「心配するな」

「えっ……?」

「そんなことで、田中を嫌いになるなんてないぞ」

 恐る恐る見上げると、恥ずかしそうに笑っていた。

「嫌いだなんて、好きにもなれていなかったのに?」

「言い遅れた……。田中、俺さ……」

 真っ赤になる翔太の唇の動きを見て未来も笑う。

「いいの? このまま好きでもいい?」

 肯いた翔太に抱かれて、未来はすすり泣いた。

「田中、俺が泣かしたみたいじゃん? それに、田中の家の問題とかは落ち着いたら必ず相談に乗る」

「うん」

「とにかく、今の俺たちに課された問題を片付けよう。その、片岡先輩は、田中がすぐに会えるのか?」

 ようやく話題を元に軌道修正して、翔太は未来に問いただす。

「うん、あのアリスをやった先輩が片岡先輩たちなんだよ。だから、相談してみようと思って」

「そう来たかぁ」

「だって、これを超えるには、本家本元の力を借りないと無理だよ」

 きっと、あの先輩たちなら面白がっていくらでも話に乗ってくれそうだ。

「明日の土曜日、時間空いてる?」

「大丈夫だ」

「じゃあ、明日その相談しよう。場所はまた携帯にメールするよ」

「分かった」

「ありがとうね……」

 顔を赤らめて走って行く未来を翔太は見送っていた。