[付随エピソード]


【茜音 短大2年&未来 高2年 秋】



『おめでとう未来ちゃん。櫻峰の後輩ができたよぉ!』

 珠実園で、生ける伝説と呼ばれている先輩から合格のお祝いを言われたっけ……。

「……だとしても……、そんな無茶なぁ~」

 あれから1年半。田中未来は教室で頭を抱えていた。


 別件の用事を片づけて教室に帰ってきたときに、黒板に書かれていたのは、学祭のクラス監督にされていたこと。

「田中にしかできない大役だから頼む」

「勝手に決めるの禁止~!」




 未来は奨学生として、入学後も努力を続けていた。

 模試でもトップクラスの成績を修めているし、誰からも認められている性格や立ち振る舞いは、中学の途中までの彼女を知っている者からすれば、同姓同名の別人に見えただろう。

 そもそも、中学生の頃とは見た目も一変させていた。ショートカットだった髪型は、今では長く伸ばして両側でツインテールにしている。

 目元が柔らかい表情になったことや、制服をきちんと規定通りに着こなしているなど、見た目ではアイドル顔負けという評判も高い。

 決して驕ることもなく、3年生の先輩にも、1年生にも分け隔て無く丁寧に接する姿は、来春は3年生での生徒会長への推薦も十分に行けるという声もある。

 そんな彼女が頭を抱えていた櫻峰高校の学校祭は9月に行われる。

 3年生はそれが終わると受験勉強が本格化するのだけど、以前からその負担が懸念されていて、3年生はクラス参加は任意になっている。その分の負担を未来たち2年生が負わなければならない。

 その年のテーマが、本気かおふざけからか、『物語の世界を体現してみること』ときたもので、このクラス担当にだけはなりたくないと誰もがヒヤヒヤしていたものだ。

 2年生はアトラクションでも飲食提供でも、全学年で一番選択肢は多い。

 さて、一番の問題はそのテーマ選びだ。

 今から3年前、あるクラスで喫茶室を模擬店として出したことに起因する。

 教室内の装飾だけでなく、全員の衣装を『不思議の国のアリス』イメージで統一したことから、その年の展示コンクールの大賞を取っている。

 これをいかに超えるかが、毎年の実行委員は頭を悩ませていたし、毎年どこかのクラスが果敢にも挑むのだが、なかなか上手くいかない。



『へぇ、今年はアリスでやるんだぁ』

『お皿とかも、お店の備品使えば行けるっしょ……、って、なによこの危ない視線は……?』

『ふぇ?』

『よし、決定! アリス役は片岡で確定な。あとの配役は近藤と上村との三人で好きに決めてくれ。デザインも任せる』

『えーっ!?』



 当時の教室でのこんなやり取りもあったという。そう、この当時、全校生徒で唯一のはまり役が存在した。

 原作があまりにも有名であり、そのビジュアルも重要視される中において、このクラスにはたった一人、あの幼い風貌のエプロンドレスを着て主役を張れる生徒が一人だけいたから。

 そして、彼女たちはクラス全員分の配役を決めて衣装を作ってしまった。見事な世界観の演出に、結果は誰もが納得のぶっちぎりだったという……。



「田中、何を頭抱えてるんだよ」

「だって、あの人たちを超えるのはちょっと無理だよぉ」

 隣の結城(ゆうき)翔太(しょうた)に言われて、未来はため息をつく。

 彼は1年生の頃からのクラスメイトだ。同じクラスになって、いろいろと話しかけてくれたことから、自然に距離が近くなった。

 そんな二人だから、未来がクラスの担当に決まったときも、自然にサブ担当となってはくれたのだが……。

 未来は参考にと卒業アルバムに載っているその時のクラス写真を見ながらため息を抑えられずにいた。