玲燕は庭園のすぐ横に建つ、平屋建ての建物を指さす。池にせり出すように、大広間があるのが見える。

「あれは、昭園閣──宴会場だ。大人数の宴席が催される際に利用される」
「つまり、宴席がなければ誰も使わない?」
「その通りだ」

 天佑は頷く。
 玲燕は手すりに手をかけ、改めて池の向こう側を眺める。距離にして十メートルほどある。夜間に黒い服を着た人間がいたとしても、認識できないだろう。

「状況はよくわかりました。ありがとうございます」
「ああ。菊花殿に戻る前に、ひとつだけ所用を済ませてもよいか?」
「もちろんです」
「助かる。届け物しなくてはしなくてはならなくてな」

 天佑はそれだけ言うと、元来た廊下を歩き始めた。
 一旦、天佑は執務室がある吏部に届け物を取りに行き、またすぐに部屋を出た。

「どこに行くのですか?」

 後ろをついて行きながら、玲燕は尋ねる。

「礼部だ」
「礼部」

 礼部とは、光華国における祭礼、祭祀(さいし)の中心機関だ。この他に、教育や外交なども担っており、官吏になるための科挙の最初の試験の主催は礼部だ。