天佑は今いる位置の後方、川岸に沿ってある砂利の歩道を指さす。玲燕はその場所に行くと、懐から小さな小箱を取り出し、中から一本の針を取りだした。

「羅針盤か?」

 蚕の繭から取った絹で中央が結ばれたそれを、天佑は見たことがあった。正確に方位を知りたいときに用いる道具で、よく易で使われるものだ。

「そうです。昨晩、鬼火を見た際に私は同じ方角に天極の極星があるのを見ました。天極は常に子の方角に位置します。即ち、この羅針盤が示す子の方角に、鬼火は現れたということです」

 玲燕はじっと針を見つめ、その針が示す子の方向に歩み寄る。

「あちらに渡りたいです」
「向こうに橋があるな。行こう」

 天佑は川下を指さす。
 二百メートルほど先に、細い橋が架かっているのが見えた。

 玲燕はその橋を渡り、川の向こう岸へと行く。

「火の玉が消えたのはこの辺りでしょうか?」
「そう思うが」

 天佑が頷く。玲燕はおもむろに川沿いの草の中に足を踏み入れると、どんどんと川岸に向かい水面を見た。

「思ったよりずっと浅い川なのですね。流れも緩い」