「何を──」
──しているの!
そう叫ぼうとした玲燕の言葉を、「玲燕さま!」という声がかき消した。
自分を呼ぶ声に、玲燕ははっとして振り返る。
そこには、使用人の容がいた。よっぽど急いでいたのか、いつも綺麗にひとまとめにされている髪は乱れている。
「私と逃げましょう」
「嫌よ。とと様は?」
「あとからすぐに追いかけて来ます。さあ、早く」
鬼気迫る様子で容が手を引く。
(きっと、嘘だわ)
そんな、確信めいた予感がした。
玲燕は後ろを振り返る。紐で縛られた状態の父はじっと前を見据えていた。その周囲を、逃げられないように何人もの捕吏が取り囲んでいる。
「──天嶮学という怪しげな学問を誠のように吹聴し、周囲を惑わせた罪は重い」
捕吏の中心にいる一際体格のいい男が叫ぶ。
「よって、天命によりお命を頂戴する」
身の毛がよだつ。
「いやあ、離して! 容、離して! とと様。とと様!」
剣が振り上げられる。
炎でオレンジ色に照らされる壁に、赤が散った。