「……この姿のときに、その名を呼ばれるのは久しぶりだな。楽しみにしている」
「私でよろしければ、ふたりきりのときはそうお呼びしますよ。名は親からの最初の贈り物です」

 栄祐はこれから先の人生、宦官姿以外では甘天佑として生きてゆく。誰かひとりくらい、彼の本当の姿のときにその名を呼ぶ者がいてもいい気がした。
 栄祐は嬉しそうに破顔すると、玲燕のほうへと手を伸ばす。

「あとで渡そうと思っていたのだが」

 何かが髪に付けられたような感覚がした。
 玲燕は耳の上の辺りを触れる。

「これは、簪ですか?」
「俺からの祝いだ」
「ありがとうございます」
「……意味は知らないのだな」
「なんの意味ですか?」

 玲燕はきょとんとして、聞き返す。

「なんでもない。似合っている」

 こちらを見つめる栄祐が、優しく微笑む。
 その瞬間、なぜか胸が大きく跳ねた気がした。

玲燕は咄嗟に栄祐から目を逸らす。妙にどぎまぎしてしまうのは、男性から簪など贈られたことが一度もないからだろうか。

(綺麗……)

 代わりに視界に映った梅の花は、満開だった。