鈴々はいつも、天佑のことを〝天佑〟とは呼ばず〝甘様〟と呼んでいた。きっと、弟とはいえ彼女の中で他の男を愛した男の名で呼ぶことは憚られたのだろう。

「さあ、行こうか」

 すっくと立ち上がった、天佑改め栄祐がこちらに手を差し出す。
 玲燕が手を重ねると、力強く引かれた。


   ◇ ◇ ◇


 栄祐に連れられて潤王のところに行くと、彼はちょうど執務の最中だった。玲燕に気付き筆を止めると、柔らかな笑みを浮かべる。

「菊妃よ、今回も見事であった」
「ありがたきお言葉にございます」

 玲燕は深々と、頭を下げる。

「褒美に、何がほしい?」
「褒美?」
「ああ。望むものを言ってみろ」

 潤王が玲燕を見つめる。

(望むもの……)

 褒美をもらえるとは思っていなかったので、何も考えていなかった。
 けれど、玲燕の頭に浮かんだことはたったひとつだけだった。

(何を望んでもいいのかしら?)

 答えに迷って視線をさまよわせると、同席にいる栄祐と目が合った。天佑は、何も言わずに少し頷いて見せた。きっと、望むものを言っていいのだと後押ししてくれているのだろう。