家賃を立て替えてもらったとき、天佑には咄嗟に『余計なことをするな。すぐに自分で払おうと思っていた』と突っかかった玲燕だったが、実のところ払う当てなど何もなかった。天佑が現れなかったら、近い未来にあの家を追い出され、路頭に迷って野垂れ死にしていただろう。

(恩返しをするだけだわ)

 この一回だけ。この一回だけだ。
 成功報酬を受け取ったら田舎に戻り、父と同じように学舎をつくってひっそりと暮らしたい。

 何もかも失った玲燕が今望むことは、ただそれだけだった。

    ◇ ◇ ◇

 ガタンと音がして馬車が揺れる。

 玲燕はその衝撃ではっと目を覚ました。
 気付ば、窓の外はすっかりと明るくなり、太陽は高い位置まで昇っている。車に揺られながら月を眺めていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

「よく眠れたかい?」

 正面に座る天佑は穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。

「……おかげさまで」
「それはよかった」

 天佑は満足げに頷くと、窓の外を覗く。