その瞬間、周囲に今までで一番大きなざわめきが起きた。「黄殿が?」「信じられん」という声が方々から聞こえてくる。
 一方の、名指しされた黄連泊は大きく目を見開き、次いで怒りに顔を真っ赤にした。

「貴様!」

 黄連泊が憤慨して声を上げる。

「信じられぬ、許しがたい侮辱だ! 私ほど忠義に固い男はこの光麗国中を探しても──」

 怒りにまかせて、黄連泊が玲燕に掴みかかろうとする。
 しかしその手が玲燕に届く前に、さっと目の前に陰が現れた。

「潤王陛下の妃であられる菊妃様に手を出すとは、不敬ですよ」

 颯爽と現れてそう言ったのは、玲燕の近くに控えていた女官の鈴々だった。か弱い女性とは思えぬ荒技で、黄連泊の腕を捻じ上げている。

「ぐっ!」

 黄連泊の口から苦しげな声が漏れた。腕を掴む鈴々の手が外れないのか、額に血管が浮かび上がり、顔は先ほどより更に赤くなっている。

「鈴々、手加減してやれ。腕が折れてしまう」

 潤王の制止で鈴々の手が緩む。黄連泊は慌てたように後ろに飛び退いた。

「誰ぞか、この女官を捕らえよ! 私にこのようなことをしてただで済むと思っているのか!」