「あ。もちろん、私のことじゃないわよ。ただ、そういう事件があったという文章を見たの」
「もしや、先代の菊妃様でございますか?」
「……事件のことを知っているの?」
「もちろんです。当時、大騒ぎになりましたから」

 それはそうだろうな、と玲燕も思う。

 後宮で妃のひとりが、胸をひと突きされて息絶えている。
 考えただけでも、大混乱するのが容易に想像できた。

「発見した女官の証言では、発見当時菊妃様は既に虫の息で、『愛していると言ったのに、どうして──』と言って息絶えたそうです」

 鈴々はその様子を想像したのか、沈痛な面持ちを浮かべる。
 
『愛していると言ったのに、どうして──』

 愛していると言ったのに、どうしてわたくしを夜伽によんでくれないの? という菊妃の悲痛な叫びが聞こえてくる気がした。

「私はその菊妃様ではないので想像でしかありませんが……」

 鈴々は視線を宙になげ、物憂げな表情で前置きする。

「自分で刺す勇気がなかった、というところでございましょうか」
「自分で刺す勇気がなかった……」

 玲燕は口の中で鈴々の言った言葉を呟く。