事件のあらましはこうだ。
 夏も終わりを告げていた十年前のある日、後宮内にある菊花殿で事件が発生した。そこに住んでいた当時の菊妃が胸から血を流し、息絶えていたのだ。菊妃の衣服に乱れはなく、現場には紐が結びつけられた小刀が落ちていたという。
 当然後宮は大騒ぎになり犯人捜しが始まるが、目撃証言はなく事件解決は難航を極めた。そこでそこで事件解決のために白羽の矢が立ったのが玲燕の父であった当時の天嶮学士──葉秀燕だった。

「夜に女官が確認した際は異変がなかったのに、朝になったら息絶えていた?」

 玲燕は眉を寄せる。
 ここから推測されることは、夜間に何者かが菊花殿に侵入し、菊妃を殺害したということだ。しかし、争った形跡などはなく、菊妃は眠るように死んでいた。

 当時のあらゆる情報から秀燕が導き出した結論は『警戒心を持たれないほど親しい者による刺殺』だった。しかし、最終的な結論は当時の皇帝──文王による夜伽がないことを悲観した菊妃による自殺となっている。
 紐の付いた刀を天井の梁に引っかけ、手を離すことで胸をひとつきしたようだ。

「ここ、墨を零したのかしら。読めない」