「俺が払おう」

 天佑は右手を懐に入れると、財布を出す。そこから銀貨三枚を取り出し、女性に差し出した。
 一方の女性は天佑から銀貨を受け取ると目をまん丸にした。銀貨を摘まみ、上にかざして眺める。

「こ、こんなにいいのかい? 三十銅貨より随分多いけど」
「ああ、構わない。その代わり、この先一年間ほどこの家を借りたい。余った額は利子として取っておいてくれ。それでいいか?」

 銀貨一枚は百銅貨に相当する。つまり、天佑が手渡したのは滞納金の十倍に相当する額で、この女性が驚くのも無理はなかった。

「もちろんだよ! こんなボロ屋でよければ一年間自由に使っておくれ。ありがとうね!」

 中年女性は朗らかな笑みを浮かべると、手を振って上機嫌で去って行った。
 その後ろ姿を見送ってから、天佑は改めて少年──玲燕を見る。
 玲燕は礼を言うどころか、天佑を睨み付けてきた。

「余計なことをするな。すぐに自分で払おうと思っていた」
「へえ、どうやって? 見たところ、依頼客もいないように見えるが」

 玲燕はぐっと押し黙るが、まっすぐに天佑を睨み据える視線を外そうとはしない。

(だいぶ肝が据わった少年だな)

 相手が都の、しかも高位の官吏だとわかっていながらまっすぐに睨み付けてくるこの度胸はなかなかのものだ。