後宮の中にあるいくつもの殿舎はそれぞれに門と塀があり、ひとつの屋敷のような造りをしている。香蘭宮も門を抜けるとすぐに母屋があった。女官はその母屋に入ることなく、ぐるりと庭を回って母屋の裏側、即ち門とは反対側に向かった。玲燕は黙ってその後ろをついてゆく。

「蘭妃様。菊妃様がいらっしゃいましたよ」

 女官がひとりの女性に声をかける。縁側に腰掛けて庭の景色を眺めていたその女性──香蘭殿の主である蘭妃はゆったりとした動作で顔をこちらに向けた。

 まだ十代のなめらかな頬はほのかに赤みを帯び、やや上がり目の目元からは気が強そうな印象を受ける。
 蘭妃は鮮やかな赤の長襦を身に纏っていた。黒く艶やかな髪は緩やかに結い上げられ、後ろに垂れていた。頭上には金細工の髪飾りが輝いている。

「はじめまして、蘭妃様。私は菊妃でございます。お呼びでしょうか?」
「ええ、呼んだわ。ねえ、この中に本物の金と鍍金が混じってしまって困っているの。どれが本物の金か調べられる?」
「は?」

 蘭妃は挨拶もそこそこに、黒い漆喰で塗られた盆を差し出す。

「……本物の金と鍍金?」

 玲燕は面食らった。