女手ひとつ、生活は貧しかった。容はそんな中、落ち込んで泣いてばかりいる玲燕を慰めるために鈴虫を集めて贈ってくれたのだ。

『高貴な方々は、この虫の声を聞いて楽しむそうですよ』

 そう言って笑う、優しい女性の姿が脳裏に浮かぶ。
 こんな夜は幼かったあの日のことを思い出す。

「天嶮学士の最後については、俺も少し話を聞いたことがある。兄が、一時期天嶮学を学んでいた」
「お兄様が?」

 玲燕は意外に思う。
 皇都大明にある天佑の屋敷、すなわち甘家の屋敷で少しの間世話になったが、天佑と明明以外に人の気配はなかった。

(地方で働いていらっしゃるのかしら?)

 不思議に思って聞こうか迷っていると、天佑が手を伸ばし、玲燕の頭に触れた。

「色々と、辛かったな」

 たった一言だけだ。
 でも、誰ひとりとして一度も言ってはくれなかったその台詞を聞いたとき、ずっと張り詰めていた意識がほんの少しだけ緩んだような気がして、なぜだか泣きたい気分になる。