玲燕は目をぱちくりとさせ、天佑を見上げる。天佑は幞頭を被った栄祐の姿をしていた。よほど急いで来たのか、いつもはきっちりと整った髪が少しこぼれ落ち、息も荒い。

「きっとここに来るだろうとは予想していたが、思ったよりだいぶ早かったな、栄佑」

 くくっと笑った潤王は、立ち上がる。

「今宵は楽しめた。菊花殿に戻れ。またな」

 潤王はひらひらと片手を振ると、殿舎の奥へと消えていったのだった。

「それにしても、突然現れて驚きました」

 天佑とふたりきりになった玲燕は、彼を見上げる。

「寝所に召された菊妃が、なぜか宦官の栄佑を呼べと叫んでいたらしいと聞いて慌てて駆けつけたのだ」
「それは申し訳ございません。夜伽は契約外案件だと抗議しようと思いまして」
「いや、俺も悪かった。入宮の日に呼ばれなかったから、てっきり玲燕は夜伽に呼ばないのかと思い込んでいて確認を怠っていた。何が起こったのかと焦った」

 天佑は凝りをほぐすように、眉間を指で押さえる。
あまり寝ていないのだろうか。その横顔には疲れが見える。

「……心配をお掛けして、ごめんなさい」