下駄箱の扉を開けたとたん、私の世界にはすっとフィルターがかかった。太陽が西に傾き、人気(ひとけ)がなくなった放課後のこと。瞳孔が開いて、口もあんぐりと開いた。きっと今、私はすごく間抜けな顔をしていると思う。

ゆっくりとかがみ、はらりと床に落ちた”それ”を拾った。おそるおそる表に返す。目に飛び込んできた、愛の形――純白の封筒に貼られた、真っ赤な心臓(ハート)のシール。はじめて手にした、”それ”。誰もが憧れる”手紙”。

――ラブレターじゃんっ!
思わず声にしてしまいそうになったけれど、グッと堪えた。 

ドッキリかもしれないと疑いつつも、そんな想いはほんの少しだ。それよりもすごく、単純に嬉しい。差出人は書いておらず、ただお手本のような綺麗な字で、私――咲良十和(とわ)の名、それだけがあった。

開封はせず、封筒に見惚れて数分。少ししてはっとした。ばっと周りを見まわす。職員室から話声は聞こえるものの、近くに人はいなかったからセーフ。安堵する。はじめてのラブレターに浮かれているところを誰かに見られるなんていうのは、恥ずかしいから。
周りに誰もいないとなると、今まで我慢していた欲が溢れ出てくる。抑えきれない。もう一度、周りを確認する。相変わらず人気はない。
――今読んでもいっか。

シールの粘着する面に紙がくっついて破れてしまうのがいやだったから、慎重にはがす。つるん。綺麗にはがれた。二つ折りにされた便箋をそっと取り出し、はらり。ゆっくりと開く。手紙の頭に目を移し、愛を瞳に映す。

線が細くて、癖がなくて、癖になる。そんな字で、綴られていた。



 咲良十和さま

 直接渡すことができず、ごめんなさい。
 この手紙は、咲良さんに伝えたいことがあって書きました。
 ずっと前から咲良さんのことが好きでした。
 もし時間があれば、この学校の図書室に行って、司書に伝えてください。
 「L」って。
 よろしくお願いします。



――図書室って、なんで? どういうこと?

裏を返しても白紙。差出人も分からない。

メリーゴーランドみたいにぐるぐると回る頭の中。
ふわふわと飛び交うクエスチョンマーク。

私の脳内は、大きく三つの感情に支配されていた。
疑問、歓喜と――躊躇。

”いいの?”。
私なんかが付き合って。私なんかと付き合って。ひとごろし。
悪魔のような声が、頭の中に響いていた。

こういうこと、考えたくない。大嫌いだ。考えるから、死にたくなる。

手紙をスクバの中へしまい、下駄箱からローファーを取り出した。スカートに舞った砂利を払う。
――図書室に行くのは、未那(みな)に相談してからにしよっ。

明るく振舞うことだけは、昔から得意だ。しらけるくらいに。
そういう風に、生きてきたから。