シェリーに言われた通り、完全予約制でオープンという(てい)の再オープン直後の「オーバン」は、僅かな間だがその制限に対してクレームがあったものの、店内の落ち着いた雰囲気とサービスが行き届いた店員の対応により、それも徐々に鎮静した。

 だがオープンから僅か三ヶ月。グレンカダムで結構部数が出ている批評記事を売りにしている俗っぽい雑誌「オーロコンシリョ」に取り上げられて、勝手なことを言いたいだけのその他大勢どもが、完全予約制とか予約は僅か一週間後までしか受け付けないとかが気に入らないなど陰口を叩き始め、それが再燃してしまったのである。
 もっとも、その雑誌の記事を挙げた記者もそれらに対して良い感情を持っていなかったのか、なかなか辛辣な文章の羅列をしていたのも一因であったのだろう。

 もっともそう書かれた一番の原因は、オーナーシェフは壮年の男であるべきだという固定概念が蔓延(はびこ)っていて、不文律としてそれが当然であると理解されているこの業界の中にあって、「オーバン」のそれはまだ成人したての少女であった、というクッソ下らない理由なのだが。

 言ってしまえば、ただの()()()()()(たぐい)である。

 だがそんな古き悪しき時代の偏見に凝り固まった下らない批評も、商業ギルドが年四回発行している、グレンカダムの商業情報が詰まった季刊誌が出版されたことで一変した。

 このときの季刊誌には、商業ギルドのマスターであるシオドリック・グレンヴェルに娘が誕生した記事が掲載されていた。

 そう、そこにはゴリゴリマッチョでまさしく鬼のようなシオドリックと、産後とは思えないくらいスタイル抜群ボンキュボンな高身長色白美人のセラフィーナ、そしてその腕に抱かれている娘のフェリシアの家族写真か載っていたのである。

 記事の内容としては、なかなか子宝に恵まれなかったグレンヴェル夫妻が、とある小さな食堂の店主に出会ったのが切っ掛けで子を()せたと当時を振り返っているもので、そしてその食堂は現在完全予約制のレストランとなっている、というものであった。

 商業ギルドの季刊誌であるため公平を期す必要があり、そのレストランの名は伏せられていたのだが、最低限の情報として「オーナーシェフが成人したての少女である」としか明記されていない。

 ギルドマスター夫人が懐妊した時期に、確かにとある小さな食堂で食事をした夫婦は子宝に恵まれると、(まこと)しやかに(ささや)かれていたのは事実である。
 そしてそれは結構有名であり、実際それを望む夫婦は(こぞ)ってその食堂へ通ったものだ。

 シオドリックの記事はまさしくそれを想起(そうき)させるのに充分であり、更に彼は、成人後であるならオーナーシェフの年齢など関係ないし、そして実力よりも年齢や性別でしか判断出来ないなどという稚拙で蒙昧で闇弱な行為は、知性あると自称し社会人として当たり前に生活していると自負するならばしないだろうと、雑誌記事を真っ向から否定してみせた。

 ちなみに記事を書いたのは、サブマスターのデリック・オルコックである。
 シオドリックは口下手の筆無精で有名で、出来れば文字を書きたくないそうだ。

 字がとても下手だから。

 そしてそれを指摘されると結構落ち込み、妻のセラフィーナに「そこがまた可愛いのでござりんす」と言われて謎の惚気(のろく)が始まるまでがセットであった。

 影響力が有りまくるシオドリックが書いたとされたそれは結構評判となり、それ以降は評論家を自称する(やから)どもの「オーバン」を批評をする雑誌記事は鳴りを(ひそ)めたという。

 彼の意見じゃないのに。

 更にその評判を聞いて、

「美味!? 喰わずにはいられない!」

 と良く判らない高揚感に突き動かされた美食家を自称する者どもが(こぞ)って「オーバン」を訪れ、絶品ではないがクセになり飽きないその料理にすっかり(とりこ)になっちゃったそうな。

 その虜になった者どもの中に、例の記事を書いて「オーバン」を()()ろした雑誌「オーロコンシリョ」と部数を競っている「アオスクンフト」という雑誌の編集長がおり、彼自らが偏見も贔屓(ひいき)もない客観的な事実を書き連ね、最後に一言だけ述べた感想とオーナーシェフへのインタビューによって「オーバン」の人気は加速した。

 余談だが、そのインタビューをするために編集長は従業員出入口前でリオノーラを出待ちして、

「お願いします!(インタビューを)させて下さい! ちょっとで良いんですほんのちょっとで! もし(インタビュー)させてくれたら言われた額だけ謝礼払いますから! お願いします(店内に)入れさせて下さい!(理念の)先っちょだけで良いですからすぐ済みますから!」

 などと言葉足らずに喚き散らして一緒にいた部下をドン引きさせ、当然()()()()()()()()()()()リオノーラのワンパンで意識を絶たれたそうな。

 その後部下によりしっかりとした説明が為され、本来ならば絶対しないのだがぶっ飛ばしてしまった手前イヤとは言えず、だがやっぱり傍に寄って欲しくないのか刻印魔術(マルク・マジー)で編集長を縛った上でそれに応えた。

 リオノーラは魔法は苦手ではあるが、魔法陣を(もち)いて効果を発揮する刻印魔術(マルク・マジー)が得意だった。以前経営していた食堂への嫌がらせは、それを施すことで防いでいたのである。

 大きな声では言えないが、実は刻印魔術(マルク・マジー)口伝(くでん)ですら伝わっておらず、分類としては逸失魔法(ペルドル・ソルセルリー)であった。
 勿論リオノーラはそのことは知って()()()、孤児院時代に魔法を教えてくれた人が、相性が良いという理由()()で教えてくれたのである。そしてそれに、特に理由はなかった。強いて言うなら、趣味、であろうか。

 情報誌「アオスクンフト」の特集ページに掲載された「オーバン」の記事の最後は、このように書かれていた。

『絶品なだけの料理を提供するのは難しくない。だが飽きさせない料理を提供するのは難しい。それを「オーバン」は事も無げにやってのける。そして年齢や性別といった偏見だけでその有り様を判断するのは、グレンヴェル氏の言う通り知性ある者がする行為ではない』

 その反響は凄まじく、おかげで扱き下ろし記事を載せた「オーロコンシリョ」は、暫く売り上げ部数が半減したそうな。

「オーロコンシリョ」編集部はこのままでは拙いと思ったのか、起死回生を狙って()せばいいのに経営が傾いた某リンゴ酒を製造販売している商会の扱き下ろし記事を掲載し、何故か方々から批判を浴び(まく)ってしまった。
 しかもそれでは終わらず、所属記者達が著名人の醜聞(スキャンダル)を狙って付き纏い(ストーキング)していたことや、編集長の脱税が()()()発覚したことにより「オーロコンシリョ」は廃刊に追い込まれ、一時(いっとき)グレンカダムはその話題で持ち切りになったそうである。

「いやぁ、不思議なこともあるものですねぇ。まぁ最後に話題を独占したようですし、本望でしょう」

 その某リンゴ酒を製造販売している商会直営店舗の副店長は、茶を啜りながら細い眼を更に細めて感慨()()()そう呟いたのは、完全にどうでも良いことだろう。

 そんなこんなで、経営が軌道に乗って順調に行っていた「オーバン」なのだが、少しずつではあるが売り上げが落ち始めていた。

 少しずつ、少しずつ、誰もその変化に気付かないように、仕入れ値が上がって行き、それに伴い純利益が落ち始めたのである。

 当時リオノーラは、キッチン業務に集中せざるを得ない状態になっており、仕入れや売上計上に関しては支配人(ディレクトール)に一任していた。

 そう、イーロ・ネヴァライネンに、金銭に関わる全てを一任してしまっていたのである。

 本来、従業員に役割を与えるのは、決して悪いことではない。リオノーラはそれを理解していた。

 ――だが、ただ一人に与えてはならない役割があるということを、彼女は正しく理解していなかったのである。

 それの最たる例が、金銭に関わる役割だ。

 イーロは元々要領だけは抜群に良く、見るもの見れば小狡いと感じるだろう。
 だが実際はそのように見せているだけであり、その性質は傲慢で狡猾であった。

 彼がリオノーラに近付いた理由は、当初は失敗が目に見えているレストランを立て直す風を装い、隙を見てされるであろう融資を着服するためであった。
 しかし予想外な人物の手助けによってその計画は破綻し、レストラン「オーバン」はイーロの予想を遥かに超える売り上げを叩き出し始めることとなる。

 これはイーロにとっては完全に誤算であり、だが嬉しいそれでもあった。

 確かに融資の着服は一時的な大金が手に入る。だがそれだけであり、よほど巧く立ち回らなければ捕縛されるという危険も高い。

 ならば、リオノーラを信用させて金銭の管理を任せられるようになり、そこから少しずつ自分の利益を増やしていけば良い。

 キッチン業務や仕入、売上の計上と、誰よりも忙しく働くリオノーラを慕う従業員は多い。

 というか全員がリオノーラを慕っているというかファンになっているというか、サインが欲しいというか一緒に写真を撮って欲しいと思っているというか、ちょっと怒って欲しいというかヒールで踏んで欲しいと思っているというか、キッチンですれ違い様に肩が触れただけで昇天しそうなるというか、肩じゃなくてお尻が当たろうものなら天上へ逝っちゃいそうになるというか、とにかく皆が皆してそう()()()いた。

 だから、そんな忙しく働き目の下に隈を作って御尊顔を曇らせるなど言語道断だと考えている彼らに、役割分担も必要で、そうすればリオノーラの負担も減ると言って信用させるのは造作もないことであった。

 そうして順調に私腹を肥やし続けて三年が過ぎ、とある事件が起きた。

 食材の仕入れ先である商会――アップルジャック商会が倒産したのである。

 元々三代目は無能で放蕩であると評判であったために予想は出来ていたことではあるが、そこから安価で仕入れていた食材が入らないということは、通常の値で仕入れているという(てい)で差額を着服していたイーロにとって痛手であった。

 だがアップルジャック商会の倒産の余波で混乱しているのは好機と見るべきだと、イーロは考える。
 何故ならリオノーラのアップルジャック商会に対しての信頼は絶大であり、其処からの仕入れであったのだからこの値で抑えられていたと言訳が効く。

 これからは新たな仕入れ先をイーロ自ら開拓し、そしてより思い通りに金の流れを操作出来る。

 そう考えていた矢先、元々アップルジャック商会で食材の仕入れをしていた小煩(こうるさ)い三人娘がしゃしゃり出て、あっという間に新規の仕入れ先を開拓してしまった。
 しかも今回の仕入れ先はアップルジャック商会ではないために、イマイチそれを信用しきれないリオノーラ自らが携わることになったのである。

 これは完全に予想外であり、だがそれならば別の方法があるとばかりに、今度は食材の仕入れ先が変わったという理由でメニューの値段を釣り上げた。

 元々会計は支配人(ディレクトール)であるイーロが全てを仕切っており、それぞれのテーブルで支払いを済ませる仕様になっているため、それが判明しづらいのを逆手に取った()り口である。
 更にイーロは、富裕層の客に対してその理由を付けて暴利を貪り始めた。

 幾ら仕入れ先が変わったとはいえ、其処まで不自然に値上がりすれば客足が遠のくのは当然であり、そしてそれを不審に思った新生アップルジャック商会の会長で、義理とはいえリオノーラの妹であるシェリー・アップルジャックが、帳簿の一切合切を持って出頭するように命じた。

 そしてリオノーラがシェリーの自宅を訪れ、愛想笑いをしながら整理されていない乱雑なそれらをテーブルに置き、JJの頬が若干引き攣ったとき、訪問を告げるノックが三回し、そして――

「え? あ、ちょっとなにするのよ! これはわたしとアップルジャック商会の……問題だから、ええと、ちょおっと口は出さないでくれると嬉しいかなぁセシルん……」

 四年振りに逢った、自分の教師であり兄とも呼ぶべき濡烏(ぬれがらす)色の髪と灰色(グレー)の瞳の色白な美丈夫を目の当たりにして、リオノーラは柳眉(りゅうび)をハの字にして、今にも泣きそうに(うつむ)いた。