商業都市グレンカダム商業街に、良質で美味な料理を安価で提供することで有名なレストラン「オーバン」はある。

 其処のオーナーシェフはまだ年若い少女であり、そして開店当時はなんと成人したばかりであった。

 この都市で言うところの「常識」と照らし合わせたのならば、その年齢でレストランを経営するということは所謂(いわゆる)「非常識」であり、現実として有り得ない。

 それにその年齢では、店舗の経営に必要な種々の資格を取得している筈はなく、よって許可など下りるわけがなかった。

 だが「オーバン」のオーナーシェフ、リオノーラ・オクスリーは、働きたいとグレンカダムで一番の高級レストラン「インペリアル」の門を叩いたときには既に、未成年でも取得可能な資格を全て持っていた。
 しかも資格証が発行された場所は、世界で一番その審査と内容が厳しいとされている交易都市バルブレアであったのである。

 リオノーラが取得している資格は、以下の通り。


 栄養管理と調理する上で必要な「栄養管理調理師」。

 食肉を安全、衛生的に捌く「食肉解体管理販売士」。

 中には毒を持つものもある魚介類を安全に、またその鮮度を損なうことなく取り扱う「鮮魚販売士」。

 農作物を管理し種類ごとに違う収穫時期にあった取り扱いを行う「農産物管理販売士」と「果実衛生管理販売士」。

 安全に衛生的に飲食店を経営するのに必要な「食品衛生責任者」と「飲食店営業資格」。

 金銭管理と各種出納管理に重要な「店舗経営簿記会計士」。

 更にリオノーラは、成人直後に「酒類販売許可資格」まで取得してしまった。


 その資格を持つに相応しい技量をリオノーラは振るい、「インペリアル」のオーナーシェフであるジェホシュ・ザーヴァスカーにいたく気に入られ、息子の嫁にしたいとまで言い出す始末であった。

 リオノーラにしてみれば、いくら自分がまだ年若いからとはいえ歳の差一〇歳は勘弁して欲しいと思っていたが。

 そう、ジェホシュの息子は当時四歳であった。

 年若く、そして少女であり、更にその容姿が白髪赤目の色素欠乏症(アルビノ)であるリオノーラは、年相応では決してない技量と取得資格数、そしてその特異な容姿でとにかく悪目立ちしてしまい、古くから「インペリアル」で研鑽(けんさん)に励んでいると自称する料理人(キュイジニエ)達から疎まれることとなる。

 当然数多の嫌がらせもされ、コックコートが切り刻まれていたり、シェフナイフが折られたり刃毀(はこぼ)れされていたり、レシピメモが盗まれたりは日常茶飯事であった。

 更に中には力に訴える者も居り、その度に彼女は屈辱に震えながらも、自身の武器を研ぎ続けていた――

 ――わけではなく、それら全ての嫌がらせの(たぐい)は徒労に終わっていたのである。

 まずコックコートやらシェフナイフのセットだが、実は通常の素材や繊維で出来ているわけではない。
 彼女が育った孤児院に出入りしていた某商会に嫁いだ奥様が、どういう伝手を辿ったのかは(いささ)か不明ではあるが、真銀(ミスリル)鋳塊(インゴット)を大量に入手し物置に放置して忘れ去り、それをうっかり発見しちゃった岩妖精の子供たちの血が騒ぎ、色々作っちゃったもののうちの数点であるそうだ。

 コックコートを切り裂こうとしても刃が通らないし、シュフナイフを刃毀れさせようと金槌で叩いても金槌が切れちゃうし、レシピメモをせしめてオリジナルメニューを再現しようと画策しても、実はそれは激不味(ゲキマズ)料理のレシピだったりした。

 挙句捨てたり重しを付けて川底に沈めるなどという悪辣(あくらつ)なことをしても、気付けば其処に必ず戻っているという怪奇現象が起こるのである。

 ちなみにそれらの奇々怪界アイテムは、気持ち悪いくらい優秀なその岩妖精の子供たちが、己が本能の(おもむ)くままに趣味全開で、何故か絵本で判り易く解説された岩妖精の王族最秘奥の鍛冶技術で作っちゃったバカみたいな性能のものであった。

 ついでに魔法親和性が他種族の最低三倍はある、起源が人工魔法生物だと伝えられている魔人族の子供たちも、面白がって過剰な魔法付与をしまくっていたが。

 ――それらが出来上がったとき、彼、彼女らが凄ーく良い笑顔でハイタッチしていたのは良い想い出だと、その有様を見ちゃった某濡烏(ぬれがらす)色の髪の男と某茶系金髪(ダーク・ブロンド)の女は、遠くへ想いを馳せながら語ったとか語らなかったとか。

 それはともかく、そもそも何故に一介の孤児院にそんな真銀(ミスリル)鋳塊(インゴット)や秘奥鍛治技術の絵本があったのかというと、なんでも東のドラムイッシュ山地にあるという岩妖精の王国でのこと。
 岩妖精なのに髭のない濃ゆい系ガチムチワイルド色男(イケメン)な、()る高貴な人物にリンゴ酒を(おろ)したときにいたく感激され、頼んでもいないのにそれを持たされたらしい。
 だが鉱石があってもそれだけじゃ加工出来ないだろうと言って断り、現金にして貰おうとしたのだが、気持ち良ーく酔っ払ったその()()()()()()()が、王国秘奥の鍛治技術が記された写本も付けてくれた。
 その写本は古代の岩妖精語で書かれているため、その()()()()()()()でも解読がほぼ進んでいないものであった。

 ぶっちゃけ、

「読めるもんなら読んでみろ。というか読めたら翻訳お願いします!」

 という意図で渡されたらしい。

 そんなものを渡されて心の底から迷惑そーにしていたその奥様だが、()()()それが読めちゃったそうで、再訪した際に全て翻訳済みで気持ち悪いくらい精巧な図解付きのそれを()()()()()()()へ返品し、その本人は元より御付きの暑苦しいガチムチ豆タンクなお歴々をフリーズさせたそうな。

 その写本を返品して逃げるように立ち去ろうとした奥様だが、フリーズから立ち直った()()()()()()()とお歴々のビックリするくらい速い全力ダッシュの前にあえなく捕獲され、そのまま()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に連行された。

 そして奥様はそのまま――弱いクセに酒に目がない傍迷惑な岩妖精の宴会にガッツリ巻き込まれ、予想通り酔っ払って動けなくなったガチムチ豆タンクな連中(性別問わず)の世話を一週間ほどさせられる羽目になったそうな。

 このとき奥様は()()()()()()()に、

「旦那と別れて俺と結婚してくれ! 娘共々絶対に幸せにする!」

 と男らしくその他大勢が見守るところでプロポーズをされて――

「酒に()()()()男は論外」

 と素気無(すげな)く却下したという。

 その後その()()()()()()()は、(しばら)く四つ這いで項垂れていたが、やおら復活すると自棄酒(やけざけ)としてシングルロックのリンゴ酒を()()()(あお)り、やっぱりぶっ倒れた。

 結局奥様は、其処から更に一週間ほど無為に過ごすこととなる。
 そしてその間中(あいだじゅう)懲りずにプロポーズされまくるという、拷問にも似た行為に(さら)され続けた。

 最終的には、自分は人妻でありそれは受け入れられないから、もし「娘にその気があって」「自分が覚えていて」「連れて来れたら」「連れて来ることを検討することを考えることを善処することを前向きに思ってみる」と捲し立て、ついでに二言はないと契約書を記して押印し、やっと脱出したのであった。

 二言も三言もある詐欺の手口である。

 そう、それは煙に巻いただけでなんの返答にもなっていないのだが、その()()()()()()()は、その奥様が娘と婚約させてくれたと狂喜したらしい。

 ちなみにその娘はまだ三歳であり、前述した「翻訳版岩妖精王国最秘奥鍛治技術」の図解を落書きとして描いていたそうである。

 そんな(にわ)かに信じられないことではあるのだが、その奥様は、

「ウチの娘は天才よ」

 と親バカ全開でブリブリ身悶えていたらしい。

 それが事実であったなら、身贔屓(みびいき)などではなく見紛(みまご)うことのない天才である。

 関係ないが、その奥様の絵は()()()()()()()であるため、それを見た全ての人々は微妙で曖昧な表情しか浮かべられないそうな。

 ちなみに卸していたのは、原材料であるリンゴが百年に一度と言われるほど出来が良かった年に酒蔵の主人がカマ語で話しつつテンション爆上がりして大量に仕込んだもので、製品名「シェリー・ジャック・ブランデー」であった。

 まぁそんな感じで、リオノーラへの嫌がらせで所持品に色々出来ない――というかした方が色々祟りがありそうであるため出来なくなった料理人(キュイジニエ)達は、今度は実力行使に打って出た。

 いくらそんな優れた(?)道具を持っていたとしても、所詮は女子供。大人の腕力に敵うわけが――

「実はあたし、格闘技(こっち)も得意なんだよ」

 ――あり、彼女は闇討ちをしようとする料理人(キュイジニエ)達を(ことごと)()ちのめした。

 そんなことがあり、か弱いと思っていた子猫が実は猛獣だったと料理人(キュイジニエ)達が理解し怯え始め、誰も手を出さなくなり、だがやはり居心地が悪くなってしまったリオノーラは、成人を機に独立したのである。

 資金はグレンカダムに来たとき既に持っていたため、商業ギルドへの手続きと店舗の確保さえ済ませれば問題なかった。
 そもそも働き始めたのはこの国この街に住む人々の嗜好と食形態を学ぶためであり、実力としては既に、十年以上修行した料理人(キュイジニエ)よりも上であったと「インペリアル」のオーナーシェフであるジェホシュも認めている。

 事実、リオノーラが初めて包丁を握ったのは三歳の時であり、それ以降は連日百を超える子供たちの食事を三食きっちり用意していたのだ。

 しかもその子供たちは、

「う~ん、なんか味がぼやけているし」

 とか、

「造形がイマイチで盛り付けがなっちゃいないのねん」

 とか、

「少し歯応えが楽しめる肉が良いでありんす。もっと肉肉しくしておくんなんし」

 とか言い出す(やから)もいて、だったらオメーが作れや! とか一緒に作っていた茶系金髪(ダーク・ブロンド)の誰かさんと一緒にブチ切れていたのである。

 しかもあるとき、化物じみてなんでも出来る濡烏(ぬれがらす)色の髪の少年が来てから、今まで見たことも聞いたこともない料理の手法を学ばされ、それは更に複雑化した。

 その甲斐があってというべきか、料理の腕前が驚くほど上がり、そして作ったそれを美味しいと言って貰える喜びを知ったリオノーラは、いつしかレストランを開くのを夢見るようになったのである。

 実際それは叶い、ストラスアイラ王国はおろか他国でも有り得ないほど幼いオーナーシェフが誕生したのであった。