この日セシルは、レスリーと共に交易都市バルブレアからほど近いカリラの森へと狩猟に来ていた。
セシルとしては、色々人には言えない訓練が出来るし好き勝手出来るから独りの方が良いのだが、ここのところレスリーが積極的に一緒に行きたがっていたため、連れ立ったのである。
きっとそれはセシルと一緒の方が色々な技術を学べるという理由があるのだろうと、だが彼女の秘めたる想いに実は気付いてしまっている彼は、それには応えられないために素知らぬ風を装っていた。
そしてレスリーも、自身の湧き立つ感情を抑えながら、それでもこのときばかりは彼を独占出来るとやや偏執的な思考に陥ってしまう。
クローディアがセシルときちんとした関係であるのなら、このようなことにはきっとなっていない。
だが二人は、異口同音にそれは違うと言う。
それがレスリーにしてみれば、信じられないことだった。
彼女は――レスリーは鬼人族である。そして鬼人族は以前述べた通り、一夫一妻が当たり前であり、そしてそれに誇りを持っていた。
鬼人族の男も女も、生涯共にする者は一人と定めているのである。
だから、二人が揃って「身体だけの関係」と言い切っていることや、以前エセルと共にちょいちょい来ていた変態が言っていたことなど、欠片も理解出来なかった。
そしてそれが理解出来ない自分は、きっとセシルとは相容れない――それは判っている、判っているのだ。
だがそれでも――
「セシルはん、ちょいと良いでありんすか」
体長3メートルを超える羆の首を一刀の元に斬り裂き、だがその斬り口を最小限に抑えて仕留め終え、残心を解き納刀してからレスリーは切り出した。
そしてセシルはというと、視認すら難しいくらい高速で翔ぶ、2メートルの大雉を投げナイフで仕留めていたりする。しかも群れを。
「相変わらず、無茶苦茶でありんすなぁ」
そんな呆れと感慨が入り混じった独白をし、だがその表情は実に誇らしげで、そして寂しげだった。
しかしそんな自分に気付き、一度だけその緋色の双眸を閉じて表情を引き締めてから続ける。
「折り入って話したいんで、聞いておくんなんし」
仕留めた大雉の血抜きをして下処理を手早く終えて、セシルは僅かに首を傾げてから立ち上がり、レスリーを正面から見詰めた。
ちなみにレスリーが仕留めた羆は、ただいま絶賛血抜中である。体積が大きい分、時間が掛かるのは必定なのだ。
「単刀直入に言うでありんす。あちきと、添い遂げておくんなんし」
それはセシルにとって、意外過ぎる告白ではなかった。
以前から彼女が自分に向けている視線や、その秘めたる想いには気付いていた。
セシルとクローディアがそういう関係だと周知されたとき、他の皆が冷やかしたり呆れたりする中で、レスリーはただ呆然と、だが悲しそうに自分を見ていたから。
確かにセシルはクローディアに対して恋愛感情はない。そしてそれはクローディアも同じだ。
仮にセシルがその仲を清算してレスリーを選んだとしても、彼女は何も言わないだろうし、祝福すらするであろう。
だがそれでも、セシルは誰も選ばない。
幸せになりたいとか異性に持て囃されたいなどといった欲求が、彼にはないから。
そしてそれと同時に、人並みの幸せを手に入れたいという想いや欲求すら、持ち合わせていない。
恋愛は性的欲求を満たすだけの方便であり、異性を求めるという感情は、単に欲情しているだけだと思っている。
それに「幸せ」などという曖昧で定義が定まっていない言葉に、価値を見出せない。
そして自分は――独りで生きて行くということに不自由を感じていないばかりか、人恋しかったり寂しいなどといった、所謂「人間らしい感情」を持ち合わせていないから。
だからといって、そう想う感情の機微に疎いわけではなく、逆に誰よりも察することが出来る。
理解は出来ないけれど。
背に大太刀を背負い、晒しを巻いて着流しを羽織っている、青みを帯びた艶やかな黒である濡烏の長い髪と白磁の肌を持つ長身の、だがまだ成人前である鬼人族の女の子を直視する。
彼女は身体的には既に大人であるが、感情面ではまだ幼い。そう考え、だがそれは仕方のないことだと思う。
自分はともかく同世代の子供たちは、その年齢通りの年数しか生きていないのだから。
「レスリー」
「はい」
一度息を吐き、そして吸い込んでから、目の前にいる女の子の名を呼ぶ。それに、彼女はすぐに返答した。
「凄い嬉しい」
「ほんざんすか」
「でも……」
一瞬の沈黙。それから続く言葉を、レスリーは知っている。
そう、判っていた。
だが、それを言わずにはいられなかった。
自分の気持ちを。
「俺はそれに応えられない」
一切目を逸らさず、真剣に、そして端的にはっきりときっぱりと、セシルはレスリーにそう告げた。
そして――その言葉でレスリーの想いが閾値を超えて溢れ出し、緋色の双眸から涙となって零れ出す。
「……セシルはん、好かねぇことを言いんした。忘れておくんなんし」
流れる涙をそのままに、見詰めているセシルを正面から見詰め返し、そして深く頭を下げてそう言った。
それをセシルは、嵌めている手袋を外してその手を家事魔法で洗浄した上で、懐から同じく洗浄済みの手拭いを取り出してレスリーの涙を拭く。
「セシルはん、ダメでありんす。今あちきに優しくしんしたら、この気持ちにおさればえ出来なくなるでありんす」
「そう、なるのかな? でもレスリー、これだけは判って欲しいんだ。きっと君は理解出来ないだろうけど、俺はディアがいるからレスリーの気持ちに応えられないんじゃない。俺は――そういう気持ちが理解出来ないヤツなんだ」
そう言うセシルが、ちょっとなにを言っているのか判らなかったレスリーは、首を傾げて顔を上げる。そして、どう言って良いのか困っている表情の彼を目の当たりにして、更に首を捻った。
「なんと言うか、愛とか恋とかっていう感情は判るんだけど、はっきり言っちゃうと理解出来ないんだよ。どうしてもそれは、単に欲情しているだけなんじゃないかって思えるんだ。色々書籍も読み漁って調べてみたんだけど、理解出来なくてね。あとディアが他の男と寝るっていうのも想像してみたけど、全然嫌じゃなくて『そういうこともあるかな』程度にしか感じなかった。ああ、なんか俺って一般的に言って最低なヤツだよな」
「……ほんざんす、主さん最低でありんすなぁ」
「いや、ド直球で来られると流石の俺もヘコむからな」
「でも、惚れた弱みではござりんせんが、主さんがそうおっせいすなら、それはほんざんしょうなぁ」
涙を拭き、そして優しくレスリーの頬を撫でるセシル。その行為自体が既に特別であるのに、全然気付いていなかった。
そしてそれをされているレスリーは気付いていたのだが、そうされるのが心地良いし、優越感に浸れるためされるがままである。
なんといっても、それはきっとクローディアでもされたことどないであろうから。
「主さんの気持ちは判りんした。残念ながら理解出来るわけではござりんせんが。なので、保留にさせて欲しいでありんす」
「いや保留って、俺断った筈だよね? なんでそうなるかな?」
「では主さん、あちきが他の男に抱かれると考えてみなんし。なんとも思わないでありんすか? 好かねぇことではござりんせんか?」
言われて、ちょっと考えてみる。
自分を好きだと言ってくれた女の子が、他の男と――
何故かイラッとしてしまう自分がいて、若干戸惑うセシルだった。
「その表情で充分でありんす。鬼人族の寿命はヒト種の約三倍で、成人すれば死ぬまで容姿が変わらないんで心配いりんせん。いつまでも新品でありんす。主さんがいつの日かあちきを欲しくなったら、そのときは添い遂げるといたしんしょう」
「いや、そうは言っても俺が必ずしもそうなるとは限らないだろう。レスリーはそれで良いのか?」
「これはあちきが勝手にするのでありんす。主さんが気に病むことではござりんせん」
そう言い、レスリーは花のように微笑んだ。
セシルが女性の微笑みや笑顔がそれのようだと感じたのは二回目で、最初はエセルの笑顔であった。
もっとも二人のそれは種類が全く別で、エセルは様々な色のラナンキュラス、レスリーは白百合であると感じた。
まぁどちらも、魅力的であるのに変わりはないが。
「そんなことを言って後悔しても、責任取らないからな」
そう言いながらレスリーの頭を撫で、そして額の上にある髪に隠れている小さな角を見付けて、軽く摘んだりする。ちょっと暖かくて不思議な手触りだった。
「ようざんす。後悔しないでありんす。主さんは思うまま生きておくんなんし――あ……」
そこまで言うと、今度は途端に顔を真っ赤にして身を捩り始める。
なにかあったのかと怪訝に思うセシルだったが、角の感触がちょっと面白かったためにそっちを優先させた。
そう、優先させちゃったのだ。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ主さん、つつつつつつ角、触りんしたね!」
「ん? ああごめんごめん。なんか触り心地が良くて――嫌だった?」
そんなことを言いつつ、だが止めるどころか更にその角を撫でたり擦ったり摘んだり挟んだり転がしたりする。
その手付きがちょっとヤらしかったりする上に、そのたびレスリーが切なげな吐息を漏らしたり、身を捩ったり足をモジモジさせたりしていた。
「き、鬼人族にとって角を触られるんは、あああ愛撫と同義でありんす……つまり主さんは今、あちきにそういうことをしたんでありんす」
「え゛?」
「責任、取っておくんなんし」
顔を真っ赤にして涙目で――そう、まるで事後のように迫られるセシル。
その後は結構な時間を費やしてレスリーを説得して、だが結局全然出来ずに帰ることとなった。
狩った獲物を特大リヤカーに載せて運び、商業ギルドへ持ち込んで解体と販売の手続きをする。
そしてそれが終わるまで、ギルドのカフェテラスで食事にしたのだが、あんなことがあったせいで気まずくて仕方ない。
セシルにしてみたら、ちょっとした好奇心で触ってしまっただけなのだが、レスリーにとっては大問題であった。
だが、セシルは思う。どうせそうなるのだったら、もっと別のところを触れば良かった――と。
殴られても文句は言えないようなことを考えるセシルは、やはりただのスケベなのだろう。
解体が終わり、臭くて食えたもんではない羆は全て換金し、大雉の肉は手土産として持って帰ることにした。
帰宅途中で、何故かレスリーが妙に恥じらいながら手を絡めるようにして繋いで来たのだが、なんだか色々面倒臭くなったセシルは、逃げるわけでも振り解くわけでもなく、そのうち飽きるだろうと多寡を括ってされるがままにしていた。
それは泥沼であるとは考えもしない、感情の機微には鋭いクセに「そっち方面」に関しては理解出来ないからか殊の外鈍いセシルである。
そして孤児院に到着し、その重苦しい雰囲気を感じて二人は怪訝に思い、そして――皆が集まっている広間で泣き崩れているレミーと、それに掛ける言葉を持たずにただ沈黙している子供たちを目の当たりにして、絶句した。
セシルとしては、色々人には言えない訓練が出来るし好き勝手出来るから独りの方が良いのだが、ここのところレスリーが積極的に一緒に行きたがっていたため、連れ立ったのである。
きっとそれはセシルと一緒の方が色々な技術を学べるという理由があるのだろうと、だが彼女の秘めたる想いに実は気付いてしまっている彼は、それには応えられないために素知らぬ風を装っていた。
そしてレスリーも、自身の湧き立つ感情を抑えながら、それでもこのときばかりは彼を独占出来るとやや偏執的な思考に陥ってしまう。
クローディアがセシルときちんとした関係であるのなら、このようなことにはきっとなっていない。
だが二人は、異口同音にそれは違うと言う。
それがレスリーにしてみれば、信じられないことだった。
彼女は――レスリーは鬼人族である。そして鬼人族は以前述べた通り、一夫一妻が当たり前であり、そしてそれに誇りを持っていた。
鬼人族の男も女も、生涯共にする者は一人と定めているのである。
だから、二人が揃って「身体だけの関係」と言い切っていることや、以前エセルと共にちょいちょい来ていた変態が言っていたことなど、欠片も理解出来なかった。
そしてそれが理解出来ない自分は、きっとセシルとは相容れない――それは判っている、判っているのだ。
だがそれでも――
「セシルはん、ちょいと良いでありんすか」
体長3メートルを超える羆の首を一刀の元に斬り裂き、だがその斬り口を最小限に抑えて仕留め終え、残心を解き納刀してからレスリーは切り出した。
そしてセシルはというと、視認すら難しいくらい高速で翔ぶ、2メートルの大雉を投げナイフで仕留めていたりする。しかも群れを。
「相変わらず、無茶苦茶でありんすなぁ」
そんな呆れと感慨が入り混じった独白をし、だがその表情は実に誇らしげで、そして寂しげだった。
しかしそんな自分に気付き、一度だけその緋色の双眸を閉じて表情を引き締めてから続ける。
「折り入って話したいんで、聞いておくんなんし」
仕留めた大雉の血抜きをして下処理を手早く終えて、セシルは僅かに首を傾げてから立ち上がり、レスリーを正面から見詰めた。
ちなみにレスリーが仕留めた羆は、ただいま絶賛血抜中である。体積が大きい分、時間が掛かるのは必定なのだ。
「単刀直入に言うでありんす。あちきと、添い遂げておくんなんし」
それはセシルにとって、意外過ぎる告白ではなかった。
以前から彼女が自分に向けている視線や、その秘めたる想いには気付いていた。
セシルとクローディアがそういう関係だと周知されたとき、他の皆が冷やかしたり呆れたりする中で、レスリーはただ呆然と、だが悲しそうに自分を見ていたから。
確かにセシルはクローディアに対して恋愛感情はない。そしてそれはクローディアも同じだ。
仮にセシルがその仲を清算してレスリーを選んだとしても、彼女は何も言わないだろうし、祝福すらするであろう。
だがそれでも、セシルは誰も選ばない。
幸せになりたいとか異性に持て囃されたいなどといった欲求が、彼にはないから。
そしてそれと同時に、人並みの幸せを手に入れたいという想いや欲求すら、持ち合わせていない。
恋愛は性的欲求を満たすだけの方便であり、異性を求めるという感情は、単に欲情しているだけだと思っている。
それに「幸せ」などという曖昧で定義が定まっていない言葉に、価値を見出せない。
そして自分は――独りで生きて行くということに不自由を感じていないばかりか、人恋しかったり寂しいなどといった、所謂「人間らしい感情」を持ち合わせていないから。
だからといって、そう想う感情の機微に疎いわけではなく、逆に誰よりも察することが出来る。
理解は出来ないけれど。
背に大太刀を背負い、晒しを巻いて着流しを羽織っている、青みを帯びた艶やかな黒である濡烏の長い髪と白磁の肌を持つ長身の、だがまだ成人前である鬼人族の女の子を直視する。
彼女は身体的には既に大人であるが、感情面ではまだ幼い。そう考え、だがそれは仕方のないことだと思う。
自分はともかく同世代の子供たちは、その年齢通りの年数しか生きていないのだから。
「レスリー」
「はい」
一度息を吐き、そして吸い込んでから、目の前にいる女の子の名を呼ぶ。それに、彼女はすぐに返答した。
「凄い嬉しい」
「ほんざんすか」
「でも……」
一瞬の沈黙。それから続く言葉を、レスリーは知っている。
そう、判っていた。
だが、それを言わずにはいられなかった。
自分の気持ちを。
「俺はそれに応えられない」
一切目を逸らさず、真剣に、そして端的にはっきりときっぱりと、セシルはレスリーにそう告げた。
そして――その言葉でレスリーの想いが閾値を超えて溢れ出し、緋色の双眸から涙となって零れ出す。
「……セシルはん、好かねぇことを言いんした。忘れておくんなんし」
流れる涙をそのままに、見詰めているセシルを正面から見詰め返し、そして深く頭を下げてそう言った。
それをセシルは、嵌めている手袋を外してその手を家事魔法で洗浄した上で、懐から同じく洗浄済みの手拭いを取り出してレスリーの涙を拭く。
「セシルはん、ダメでありんす。今あちきに優しくしんしたら、この気持ちにおさればえ出来なくなるでありんす」
「そう、なるのかな? でもレスリー、これだけは判って欲しいんだ。きっと君は理解出来ないだろうけど、俺はディアがいるからレスリーの気持ちに応えられないんじゃない。俺は――そういう気持ちが理解出来ないヤツなんだ」
そう言うセシルが、ちょっとなにを言っているのか判らなかったレスリーは、首を傾げて顔を上げる。そして、どう言って良いのか困っている表情の彼を目の当たりにして、更に首を捻った。
「なんと言うか、愛とか恋とかっていう感情は判るんだけど、はっきり言っちゃうと理解出来ないんだよ。どうしてもそれは、単に欲情しているだけなんじゃないかって思えるんだ。色々書籍も読み漁って調べてみたんだけど、理解出来なくてね。あとディアが他の男と寝るっていうのも想像してみたけど、全然嫌じゃなくて『そういうこともあるかな』程度にしか感じなかった。ああ、なんか俺って一般的に言って最低なヤツだよな」
「……ほんざんす、主さん最低でありんすなぁ」
「いや、ド直球で来られると流石の俺もヘコむからな」
「でも、惚れた弱みではござりんせんが、主さんがそうおっせいすなら、それはほんざんしょうなぁ」
涙を拭き、そして優しくレスリーの頬を撫でるセシル。その行為自体が既に特別であるのに、全然気付いていなかった。
そしてそれをされているレスリーは気付いていたのだが、そうされるのが心地良いし、優越感に浸れるためされるがままである。
なんといっても、それはきっとクローディアでもされたことどないであろうから。
「主さんの気持ちは判りんした。残念ながら理解出来るわけではござりんせんが。なので、保留にさせて欲しいでありんす」
「いや保留って、俺断った筈だよね? なんでそうなるかな?」
「では主さん、あちきが他の男に抱かれると考えてみなんし。なんとも思わないでありんすか? 好かねぇことではござりんせんか?」
言われて、ちょっと考えてみる。
自分を好きだと言ってくれた女の子が、他の男と――
何故かイラッとしてしまう自分がいて、若干戸惑うセシルだった。
「その表情で充分でありんす。鬼人族の寿命はヒト種の約三倍で、成人すれば死ぬまで容姿が変わらないんで心配いりんせん。いつまでも新品でありんす。主さんがいつの日かあちきを欲しくなったら、そのときは添い遂げるといたしんしょう」
「いや、そうは言っても俺が必ずしもそうなるとは限らないだろう。レスリーはそれで良いのか?」
「これはあちきが勝手にするのでありんす。主さんが気に病むことではござりんせん」
そう言い、レスリーは花のように微笑んだ。
セシルが女性の微笑みや笑顔がそれのようだと感じたのは二回目で、最初はエセルの笑顔であった。
もっとも二人のそれは種類が全く別で、エセルは様々な色のラナンキュラス、レスリーは白百合であると感じた。
まぁどちらも、魅力的であるのに変わりはないが。
「そんなことを言って後悔しても、責任取らないからな」
そう言いながらレスリーの頭を撫で、そして額の上にある髪に隠れている小さな角を見付けて、軽く摘んだりする。ちょっと暖かくて不思議な手触りだった。
「ようざんす。後悔しないでありんす。主さんは思うまま生きておくんなんし――あ……」
そこまで言うと、今度は途端に顔を真っ赤にして身を捩り始める。
なにかあったのかと怪訝に思うセシルだったが、角の感触がちょっと面白かったためにそっちを優先させた。
そう、優先させちゃったのだ。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ主さん、つつつつつつ角、触りんしたね!」
「ん? ああごめんごめん。なんか触り心地が良くて――嫌だった?」
そんなことを言いつつ、だが止めるどころか更にその角を撫でたり擦ったり摘んだり挟んだり転がしたりする。
その手付きがちょっとヤらしかったりする上に、そのたびレスリーが切なげな吐息を漏らしたり、身を捩ったり足をモジモジさせたりしていた。
「き、鬼人族にとって角を触られるんは、あああ愛撫と同義でありんす……つまり主さんは今、あちきにそういうことをしたんでありんす」
「え゛?」
「責任、取っておくんなんし」
顔を真っ赤にして涙目で――そう、まるで事後のように迫られるセシル。
その後は結構な時間を費やしてレスリーを説得して、だが結局全然出来ずに帰ることとなった。
狩った獲物を特大リヤカーに載せて運び、商業ギルドへ持ち込んで解体と販売の手続きをする。
そしてそれが終わるまで、ギルドのカフェテラスで食事にしたのだが、あんなことがあったせいで気まずくて仕方ない。
セシルにしてみたら、ちょっとした好奇心で触ってしまっただけなのだが、レスリーにとっては大問題であった。
だが、セシルは思う。どうせそうなるのだったら、もっと別のところを触れば良かった――と。
殴られても文句は言えないようなことを考えるセシルは、やはりただのスケベなのだろう。
解体が終わり、臭くて食えたもんではない羆は全て換金し、大雉の肉は手土産として持って帰ることにした。
帰宅途中で、何故かレスリーが妙に恥じらいながら手を絡めるようにして繋いで来たのだが、なんだか色々面倒臭くなったセシルは、逃げるわけでも振り解くわけでもなく、そのうち飽きるだろうと多寡を括ってされるがままにしていた。
それは泥沼であるとは考えもしない、感情の機微には鋭いクセに「そっち方面」に関しては理解出来ないからか殊の外鈍いセシルである。
そして孤児院に到着し、その重苦しい雰囲気を感じて二人は怪訝に思い、そして――皆が集まっている広間で泣き崩れているレミーと、それに掛ける言葉を持たずにただ沈黙している子供たちを目の当たりにして、絶句した。