私には親友と呼べる相手がいた。
その子の名前は荻原(おぎわら)佐保。
気が強くて無鉄砲な私と違って、佐保は控えめだけれどきちんと芯のある、とても優しい子だった。

家が隣り同士であり、赤ん坊のころから一緒に育った私たちは、正反対の性格をしているはずなのに、なぜだかやけに気が合った。
小川と荻原という姓のおかげで、名簿ですらもいつも前後で、周りの人々が驚くくらい、ずっとずっと一緒にいたのだ。
たとえお互いに大人になっても、いつか結婚したり子供ができたりしても、私と佐保は変わらずそばにいるのだろう。
そう信じて疑わないくらいに、私たちの友情は特別なものだった。

けれど去年の春。
中学3年生になって、ずっと一緒だったクラスが初めて分かれてしまったころ、私たちを取り巻く環境は一気に変わってしまった。
佐保のクラスは賑やかな子たちが集まり、彼女はその空気に馴染めなかったようで、いつしか保健室登校をするようになっていったのだ。

「じゃあまた放課後に来るから」

けれどそんなことで私たちの関係が揺らぎはしなかった。
私は休み時間のたびに保健室へ行き、佐保の様子を窺うようにしていた。
私と話をしているあいだだけ、佐保はいつもの彼女らしい穏やかな顔で笑ってくれる。
佐保を笑顔にしてあげられることほど、私にとって喜ばしいことはない。
しかし佐保はいつしか、そんな私の行為を重荷に感じ始めたようだった。

「ねぇ、すず。私のためにわざわざ保健室まで来てくれなくてもいいんだよ」

「そんなこと言わないでよ。私が佐保に会いたくて来てるんだから」

「でもすごく申し訳なくて。すずだって自分のクラスの子と仲良くしたいはずなのに」

佐保は人一倍周りに気遣ってしまう子だ。
きっと自分のことで私に負担をかけているかもしれないと思っているのだろう。
たとえクラスの子と仲良くしなかったことで孤立したとしても、私は図太い人間だから、佐保さえいてくれればそれで構わないのに。

「私の一番大切な友達は佐保だよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私だって大切な涼音に迷惑かけたくないもん」

佐保が控えめな笑みを浮かべる。
私はこれっぽっちも迷惑なんかじゃないけれど、よかれと思ってやっていることが佐保の心を痛ませてしまうなら、これ以上押し付けがましいことはできなかった。

「私は大丈夫だから」

“大丈夫”は佐保の口癖だ。
周りに迷惑をかけないため、自分自身を鼓舞するため、彼女はよくその言葉を口にする。
そんな彼女の口癖を聞くたび、私は自分の無力さから悲しい気持ちになったけれど、それを信じて引き下がるしかなかった。

うん、そうだね。佐保の言うとおり、きっと大丈夫。
少し距離ができたとしても、私たちの絆が壊れるはずがない。
それに私たちは高校も同じところへ行こうと約束しているのだ。
志望校である学校の特進コースは1クラスしかないから、進学できたらまた同じクラスになれるはず。
それまでたった1年間、我慢すればいいだけのことだ。

そうして私たちが顔を合わせる時間は徐々に減っていってしまった。
私も私で受験勉強に追われるようになり、放課後は毎日の塾通いに勤しんでいたのだ。
志望校の特進コースは、私が目指すには少し偏差値が高かったけれど、佐保と同じ制服を着るためには机にかじりついて勉強を続けるしかない。
しかしそんな努力とは裏腹に、私の成績は思ったようには伸びず、いつしか年は明け、受験の日も少しずつ近づいていった。