「………」

思わず顔が上向いた。すると手が離され、今度は両頬を包まれた。

「桃子さんは、咲桜と在義さんのために必死に生きた。だから、俺たちの関係の中から、桃子さんはもう離してあげよう。……ゆるして、解放してあげよう」

「……母さん……」

「桃子さんが、最後に在義さんに宛てた手紙を読んだ」

「てが、み……?」

「咲桜のこと、書いてあった。……咲桜の望める幸せは、奪えなかった。だから、在義さんの娘として育ててほしいって。自分は咲桜となんの関係もなくていいから、在義さんの娘にしてほしいって、書いてあった」

「……母さん、そんなこと……」

「うん。俺はな、咲桜以上のものがない。美流子の存在も、もう薄らいでいる。探そうとは、口では言っても、実際にはほとん
どしていなかった。……桃子さんには在義さんだけで十分なんだ。……最後に、咲桜を生んでくれてありがとう、って、言いたい」

「―――」

咲桜(私)の存在をゆるす言葉。命を全肯定する言葉。その血すら。
 
流夜くんの、その言葉は。

「……な、咲桜。どうだろうか」

「どうだろうかって……」
 
唇が震える。流夜くんは、そっと静かな音で、告げた。

「桃子さんをゆるして、これからも生きてほしい」

これからも、自分の血も、ゆるして。

「―――ぁああああああ……っ」

悲鳴ごと、抱きしめられた。

あの記憶の日以来、ずっとゆるせないでいた。華取桃子という人を。咲桜と名付けた母親を。

自分だけいなくなってしまった、唯一の血の繋がり。

在義父さんは優しい人だった。本当の娘と同じように育ててくれた。本当の娘以上に大事にしてくれた。

一生懸命、がんばって生きることで応えて来た。

だいじょうぶ、咲桜は、父さんがいてくれるから、大丈夫だよ。母さんの分も、わたしがとうさんに優しくするからね。だから、泣かないで。さおが、がんばるから。

「ばかぁ……っ、母さん……っ、なんで死んじゃったの……っ」